特別な日に訪れたいレストラン、忙しい時間を忘れてゆったり過ごせる雰囲気のいいカフェ…愛されるお店には、料理はもちろん、空間にも訪れる人を引き付ける魅力があります。「建築を知ることは、人生を豊かにする」と語る建築史家の倉方俊輔さんが、食欲と知的好奇心を刺激するスポットを厳選。バラエティー豊かな建築の味わい方を紹介します。

ビルの谷間に残る黒壁の二軒長屋

 北浜は、大阪のおしゃれスポットです。香り高いコーヒーや紅茶、旬の食材を生かしたレストランに、見た目も麗しいスイーツの数々。特に女性の姿が目立ちます。訪ねれば、心にも体にも栄養を与えられる場所です。

 ビルの谷間にはさまれるように、木造2階建ての建物が残っています。この「北浜長屋」は、二軒続きの長屋として1912(大正元)年に建てられました。通り沿いの外観は一見したところ、和風です。でも、格子戸のついた町家などとも違います。もっと頑丈な感じがします。

ビルとビルの間にはさまれるようにして、100年以上前に建てられた「北浜長屋」が残る
ビルとビルの間にはさまれるようにして、100年以上前に建てられた「北浜長屋」が残る

 その理由が、黒い壁と小さな窓ではないでしょうか。黒い壁は木造の建物の外側に、漆喰(しっくい)に煤(すす)や炭を混ぜた「黒漆喰」を塗り込めてできています。江戸時代の倉庫である蔵(土蔵)のつくり方を取り入れています。2階の小さな窓も、同じく蔵に由来したものです。縦長の窓はすべて両側に扉を備えています。万一の火災の際には、しっかりとかみ合うよう合わせ目にギザギザを付けた観音開きの扉を閉めます。こうすれば火が侵入することなく、中にしまっている物品が守られます。

 ただし、1階は開放的になっていて、倉庫としての蔵とも異なります。これは蔵造り(土蔵造り)と呼ばれる蔵のつくりを取り入れた、「見世蔵」(みせぐら)という建物なのです。江戸時代末期から大正期にかけて流行しました。とりわけ渋くも豪華な黒漆喰の壁が、江戸・東京を中心に好まれました。埼玉県・川越の蔵造りの町並みが思い出されるかもしれません。実際、川越にある建物もこの建物も、関東風の見世蔵にならっています。それでいてこちらは、あたりがどこか柔らかいのです。大きな箱棟や鬼瓦をあげる関東風の屋根ではなく、さらりとむくり(ふくらみ)をつけた関西風の瓦屋根によって、品よく仕立てているからです。