建物の歩んできた道程が映す商都の奥深さ

 この場所に最先端の消防署がつくられたのは、ここが当時一番のビジネス街だったからです。近くには今も、企業人の社交場として1924年に完成した「大阪倶楽部会館」や、1926年と30年の2期に分けて建てられた「三井住友銀行大阪本店ビル」などが重厚な姿を見せて、現役で使われています。機能を満たすだけではない入念な設計であるのは、格式ある建物が建つような場所だからです。

 建物に求められる機能は、時代によって変わります。建築の高層化や多機能化にしたがって、消防のあり方も変化しました。この消防署もやがて使われなくなり、ついに2005年、土地とともに売却されます。建物を残すという条件は付けられていませんでした。そして、取得したオーナーは、建物を壊して建て替えるのではなく、耐震補強などを施してレストランとして活用する道を選びました。

 1階の車庫は天井の高いカウンター席になり、司令室だった中2階は個室に、待機室だった3階はダイニングに生まれ変わりました。レストランとして設計されたものでないから、空間は変化に富んで、訪問者をくつろがせます。人はもと消防署という意外性に引き付けられながら、それが今から100年近く前には文化的なものだったという事実を知ります。

 大阪は商業の街です。それが近代的な消防署を生み、デザインに気を使わせ、レストランに使い替えるセンスを育みました。商いとは、なかなか深いものなのです。

かつての建物の歴史に思いをはせながら、本格イタリア料理をゆったりと楽しみたい
かつての建物の歴史に思いをはせながら、本格イタリア料理をゆったりと楽しみたい
アンティカ・オステリア・ダル・ポンピエーレ
竣工:1925年

<お店情報>
大阪市中央区今橋4-5-19
電話:06-4706-1190
営業時間:ランチ11時半~15時(ラストオーダー14時)、ディナー17時半~21時(同20時半)
日曜休み(祝祭日は営業)
※上記のディナータイムは、2021年3月21日までの短縮営業時間です。営業時間は変更となる場合がありますので、最新情報はお店にご確認ください。

文/倉方俊輔 写真提供/アンティカ・オステリア・ダル・ポンピエーレ