優雅にして頑丈 元は街を守る役割を担っていた場所

 種明かしをしましょう。実はこのレストラン、初めは消防署でした。1925年に大阪市中央消防署今橋出張所として建てられ、その建物を再利用してイタリアン・レストラン「アンティカ・オステリア・ダル・ポンピエーレ」として営業しているのです。店名がヒントになります。「ポンピエーレ」はイタリア語で消防士、ポンプを使う人という意味です。消防士たちの奮闘の記憶が、正面中央の赤いランプとして残されています。

 それにしてもこの建物、今でいう消防署とは、随分と違った姿ではありませんか? 外観は穏やかなまとまりを備えていて、品格があります。それに大きな役割を果たしているのが、チューダー・アーチです。正面の2・3階部分に見られる、曲率が途中で変化した扁平(へんぺい)のアーチのことで、英国のチューダー朝(1485~1603年)の時代を中心に用いられたことから、このように呼ばれます。この時代に英国を代表するエリート校になったのがケンブリッジ大学です。同校の校舎や教会では、チューダー・アーチが大事な箇所に使われて、見た目を引き締めています。

 本場では薄茶色の石材を積むのですが、この建物では似た色彩のタイルを端正に貼っています。先がとがったチューダー・アーチの形が、縦長の外形によく似合っていて、優雅です。1階の上に見られるベランダも、実用上の意味というよりも、建築全体の一体感に寄与しています。このような視覚的な工夫が、人が主役の建物といった気分にさせます。人をもてなすレストランにぴったりです。

 けれど、この建物は、もと消防署でした。それを明らかにするのが1階のアーチです。現在は木の扉が取り付けられていますが、もとは全体が車庫の入り口になっていました。そこに当時は全国でも珍しい、輸入に頼っていた消防ポンプ車が待機していました。となると、建物を支える上で大事な1階の正面にほぼ壁がなく、大きく開いていたことになります。建物の構造は、この頃まだ日本に導入されて日が浅かった、鉄筋コンクリート造です。これによって頑丈な上に、大きな消防ポンプ車が収められ、火にも強くなりました。都市の安全を守るための技術を駆使して、機能的に設計された建築なのです。

このアーチの下に、かつては消防ポンプ車が待機していた
このアーチの下に、かつては消防ポンプ車が待機していた