特別な日に訪れたいレストラン、忙しい時間を忘れてゆったり過ごせる雰囲気のいいカフェ…愛されるお店には、料理はもちろん、空間にも訪れる人を引き付ける魅力があります。「建築を知ることは、人生を豊かにする」と語る建築史家の倉方俊輔さんが、食欲と知的好奇心を刺激するスポットを厳選。バラエティー豊かな建築の味わい方を紹介します。

アメリカを視察した若き実業家が決断した巨額の寄付

 大阪市中央公会堂は、まさに大阪の「中央」に位置しています。赤レンガと花こう岩で織りなされた外観が、さまざまな場所から目に入ります。例えば、都心に向かう高速道路の車窓から、北浜のおしゃれなカフェの窓辺から、あるいは川で開けた橋の上から。旧淀川が二手に分かれた間という恵まれた場所に立つ公会堂は、開館から1世紀以上を経て、すっかり大阪の風景となっています。

 公会堂が大阪のハートだと言いたくなる理由は、建てられた経緯もあります。開館した1918年に、これほど立派な公会堂は、首都である東京も、国内の他都市も持っていませんでした。大阪にそれができたのは、一人の市民が巨額の寄付を行ったからです。

 その人が岩本栄之助です。1877年に大阪の船場に生まれ、29歳で両替商の家督を継ぐと、すぐに株式仲買商として才覚を発揮しました。1909年には民間の実業家からなる渡米実業団の一員に加わります。この時の団長は渋沢栄一。日本の資本主義の父と呼ばれ、2024年に発行が開始される新1万円札の表の図柄となる人物です。岩本が32歳で51名の団員の一人になったことから、若くして築いた立場と寄せられた信頼が分かります。

 帰国後に注力する電気や鉄道の事業の大事さを、岩本はアメリカで理解しました。また、社会的に成功した人物が公共的な事業に私財を投じていることに感銘を受けました。そして、帰国後の1911年、公会堂の建設のために大阪市に100万円を寄付することを決めます。現在の価値にすると約50億円にもなる大金です。

川越しに望む大阪市中央公会堂。2002年に国の重要文化財に指定された
川越しに望む大阪市中央公会堂。2002年に国の重要文化財に指定された