キャスターとして第一線を走り続ける長野智子さん。本連載では、日本や世界のニュースの当事者に、長野さんがマイクを向ける…のではなく、ぐいぐい斬り込み、筆を執ります。今回お話を聞いたのは、およそ半年間、3回目となる宇宙滞在を終え、2021年6月に帰国した宇宙飛行士の野口聡一さん。「宇宙からの着信」の真相は?

(上)野口聡一さんが宇宙からスマホに電話をくれた 長野智子 ←今回はココ
(下)宇宙から3度目の帰還 野口聡一さんが感じた闇の恐怖

「国際宇宙ステーションの野口です」に仰天

 私のスマートフォンには「宇宙ステーション2021年3月27日着信」という着信履歴がある。正確に言うと、着信番号にタイトルをつけて消さずに大事にとってある。

 その電話は突然で、表示は見慣れない米国ヒューストンの番号だった。いったい何事かと低い声で「ハロー」と出てみたところ、しばしの空白とノイズの後に「長野さんですか? 野口です」と日本語が。「え?」「国際宇宙ステーションの野口です」「え~~~!!」

 「うそ!」「本当です」というやりとりを繰り返しながらこれはドッキリテレビかとしばらくうろうろしたあげく、私はスマホを握りしめて窓を開けベランダに飛び出した。

 「すみません突然。お元気ですか?」という間違いなく宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙飛行士・野口聡一さんの、それも東京にいるかのように大きく明瞭な声を聞きながら、私は夜空を見上げて、地球の軌道を超高速で周回しているはずの野口さんに向けて「はい、元気です!」と返事をした。

 ――それから約3カ月半が過ぎた7月上旬。オンラインの画面越しに「あの時はステイホームのストレスが吹き飛びました」と話すと、野口さんは「あはは」と笑う。「週末など余暇の中で、友人たちに電話をしていたときの話ですね。自分のリラックス時間に電話ができるので、そういえば長野さんどうしてるかなと」

 約半年にわたる3回目の国際宇宙ステーション長期滞在を終えて地球に帰還した野口聡一さんは、米国でのリハビリを終え日本に帰国。メディア取材を受けてくださることになり、私も30分という短い時間ではあるが、継続する閉塞感の中でハッとするようなお話を聞くことができた。

野口聡一さん/1965年、神奈川県生まれ。96年、公募で宇宙飛行士候補に選出。2005年、国際宇宙ステーションで船外活動を行った初めての日本人となった。09~10年には約半年間の長期滞在。20年11月、民間の新型宇宙船「クルードラゴン」に搭乗し、米国フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられた。21年5月に地球へ帰還。<b>7月中旬、野口さんにオンライン取材を行った。右は長野さん</b>
野口聡一さん/1965年、神奈川県生まれ。96年、公募で宇宙飛行士候補に選出。2005年、国際宇宙ステーションで船外活動を行った初めての日本人となった。09~10年には約半年間の長期滞在。20年11月、民間の新型宇宙船「クルードラゴン」に搭乗し、米国フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられた。21年5月に地球へ帰還。7月中旬、野口さんにオンライン取材を行った。右は長野さん

宇宙滞在は、究極の「外出禁止」だった

長野智子(以下、長野) 宇宙からの電話が、まるで都内にいらっしゃるような近さで驚きました。

野口聡一さん(以下、野口) 米航空宇宙局(NASA)経由です。IP電話のようなもので、インターネットを介してつなげているのでかけ直してもつながらない番号ですね。

長野 夜空を眺めながら、地球の外にいる方と話をするという非日常の行為が、思考を解放してくれたというか、閉塞感の中から飛び出て深呼吸をするような気持ちがしました。

野口 なるほど。今聞いていて面白いなと思ったのが、実は宇宙にいる我々も疎外感、孤独感、閉塞感は常に感じています。宇宙では地上の大勢の人から切り離されて、会いたい人にも会えない、食べたいものも食べられない。状況だけ見ると究極の外出禁止ですよ。約半年間滞在中に7時間の船外活動はしましたけど。

 本来、僕のほうが長野さんや地球の友人・知人たちと電話したときに、孤立していないんだ、つながっているんだと思える。地上のことや(JAXAのある)筑波の話を聞いて、懐かしい景色だな、今そんなことやっているんだな、って。宇宙にいる私こそ皆さんと話すことで、孤独や閉塞感から解放されるんです。

 今回は地上の皆さんも新型コロナで仕事も大変、健康も不安、コロナ禍がいつまで続くのか先行きも不安ですよね。長野さんが僕との電話で思考が解放されたという話を聞いて、僕たちのほうが解放されると思っていたのにそうなのかと。地上の苦しみを理解したうえで、孤立感や閉塞感をみんなと共有している感じがしました。

長野 とはいえ、国際宇宙ステーションの閉塞感はレベルが違いますよね。野口さんはどうやって、そういうことを乗り越えてきたのですか。

宇宙でひとりアメリカンフットボールを試みる野口さん。「きぼう」船内実験室で(21年2月撮影) (C)JAXA/NASA
宇宙でひとりアメリカンフットボールを試みる野口さん。「きぼう」船内実験室で(21年2月撮影) (C)JAXA/NASA