約10年間の不妊治療に涙の終止符

 47歳の時にホルモン治療で卵子が20個ぐらい採取できたときがありました。体外受精を1個ずつやって最後の1個が着床しなかったら、もうこれで不妊治療はやめようと。1個ずつのカウントダウンが始まって、最後の1個もダメだったときは号泣しましたけど、その一方で「私はやるだけのことはやった」と諦めもつきました。このときに、つらかった不妊治療の約10年間に終止符を打ちました。

 その半年後に、「サンデーステーション」の前身である「報道ステーションSUNDAY」のメインキャスターのお話をいただいたんです。メインキャスターは私の積年の夢でした。一つ夢を諦めたけど、別の夢がかなうことで少し心が救われました。今回の人生はこっちでがんばりなさいって神様に言われているのかなと。

 でも、正直に言うと、インドで70代の女性が出産したニュースを知って、「58歳の私もまだ可能性がある?」なんて思ってしまうこともあるんです(笑)。

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長野智子 報道人として、私が「現場」にこだわる理由

取材・文/吉井妙子 写真/洞澤佐智子