多くの人がいつかは向き合う介護。一人ひとり状況も悩みごとも違っても、話をしたり聞いたりすることで心が軽くなることも。読者の実際の体験や思いを聞き、専門家にコメントをもらいます。両親を介護する七海さん。前回自宅での介護が危険と判断し、両親を特別養護老人ホーム(以下、特養)に入居させましたが、1年で退所することに。何があったのでしょうか。

(上)両親の暮らしは母のけがで一変 老老介護は限界を越えた
(下)特養に入居して急激に両親の症状が悪化 在宅介護を決意 ←今回はココ

七海さん 49歳 フリーの翻訳家 夫と2人暮らし 神奈川県在住 
東京都内の実家で80代の両親が2人暮らし。小規模多機能型居宅介護のサービスを利用しながら七海さんが一人で在宅介護中。父は要介護3、母は要介護5。きょうだいは1つ年下の妹が1人。

特養での困りごと

ケアが不十分で両親の症状が悪化

 特養は介護保険の介護給付の対象である介護老人福祉施設です。入居金もかからず月額費用も安くて安心というイメージがありましたが、最近の東京都内の特養は意外と費用が高く、中には地方の民間有料老人ホームとそれほど大差ないところもあるようです。

 両親の入居した施設は、介護保険対象外の食費や居住費が高めに設定されていました。にもかかわらず、母は入居した日から「ごはんがおいしくない」とぼやいていました。多くの人から苦情があったらしく、後に別の配膳事業所に変更したようです。

 入居2日目に母から電話がありました。「帰りたい。父ちゃんがかわいそう」と。声が低くてびっくりしました。後ろで介護職員らしき人の声が聞こえ途中で切れましたが、母が今どんな居室でどんな職員に介護されているのか、コロナ禍で面会に行くこともできず心配になりました。

1カ月で別人のように老いた母、歩けなくなった父

 入居2週間後に、母が転倒し頭を打ったと施設から連絡を受けました。介護職員が目を離した隙に、週に4回も転倒したそうです。

 母は翌月もまた転倒。その時には嘔吐(おうと)があり、病院に運ばれました。急いで駆けつけると、久しぶりに見た母の変化に私は言葉を失いました。たった1カ月でこんなに人は老いることができるのか。反応が弱く、終始首を垂れたままで、私を認識できないようでした。なぜか口にするのは、20年前に死んだ愛犬の名前だけ。

 一方、父は母より順応性が高く、介護職員と会話をしていたようですが、入居翌月に通院のために迎えに行くと父がほとんど歩けなくなっていて驚きました。施設内にリハビリのサービスがなく、コロナ禍で外部のリハビリも利用できず、歩けなくなってしまうのは、当然なことだったのかもしれません。加えて、貧血治療の注射を看護職員に失念されていました。

 父は骨髄異形成症候群という、骨髄で正常な血液細胞がつくれなくなる病を抱えており、年齢的な問題から、抗がん剤や移植といった積極的治療を避け、注射による対症療法で持ちこたえてきました。看護師に「もう少し父の体のケアをしてもらえないでしょうか」とお願いしたところ、「特養では積極的な治療は行いません。現状維持です」と淡々と言われました。

 最期までの間を過ごす場所であるとはっきり言われ、「死ぬための施設じゃないですか」と思わず言い返してしまいました。看護師の言うことはその通りですが、形だけでも「元気になってもらいたいですね」の一言が欲しかった。

 治療中断のせいで、父は今も輸血が欠かせないほどの状態になり、入居前の元気な姿が信じられないほどです。

持病治療の注射を忘れられていたために、父の体調は劇的に悪化しました(写真はイメージ)
持病治療の注射を忘れられていたために、父の体調は劇的に悪化しました(写真はイメージ)
連載「仕事、ときどき介護する」では、皆さんの介護体験を募集しています。男女は問いません。実名は伏せて掲載いたします。取材にご協力いただける方は、こちらのフォームからご応募ください。