多くの人がいつかは向き合う介護。一人ひとり状況も悩みごとも違っても、話をしたり聞いたりすることで心が軽くなることも。読者の実際の体験や思いを聞き、専門家にコメントをもらいます。今回体験を話してくれたのは、認知症の義母のお世話に奮闘した紗江子さん。要介護認定の申請まで長い時間がかかったのには理由がありました。

紗江子さん(仮名) 46歳 フリーランス。夫と中学生の息子と3人暮らし。
近所で一人暮らしをする義理の母が数年前に認知症を発症し、最終的には要介護3に認定。紗江子さんが通いで世話をしていた。

介護のはじまり

良好な関係だった義母の性格が突然変わった

 義母との関係は良好でした。義母は東京で一人暮らし。結婚当初、私たちは夫婦で千葉に住んでいて、私は東京都内に通勤していたのですが、仕事で遅くなると職場に近い義母の家によく泊めてもらっていました。私の仕事にも理解があり、とても仲良くしていました。

 子どもが生まれ、1年間の育休から復帰するタイミングで、義母の家のそばに引っ越しました。義母に保育園のお迎えをしてもらうなど、かなり子育てのサポートはしてもらいましたが、ベタベタしないほどよい距離感を保っていたと思います。

 2015年に子どもが小学校に入り、その年の夏ごろから、義母の性格に変化が見られるようになってきました。明るくて我慢強くて、理性的な人だったのですが、急に子どものようにわがままを言ったり、我慢ができなかったり、計算ができなくなったりし始めたんです。

スープの冷めない距離で暮らす義母とは、とても仲良くしていました(写真はイメージ)
スープの冷めない距離で暮らす義母とは、とても仲良くしていました(写真はイメージ)

言ってはいけなかった一言

 5歳の女の子のような言動に、「あれ、どうしたんだろう? ちょっと面倒くさいなぁ」と感じていましたが、あるとき義母からの電話で状況は一変しました。義母は激しい口調でまくし立ててきて、よく聞いてみると2つのことに怒っているようでした。

 1つは、友達からの電話に折り返したいが、かけ方が分からない。分からないことを認めたくないから「電話が壊れた」と言います。もう1つ、かかりつけの医師とケンカしたらしく、医師から「ぼけているから検査を受けろ」と言われたことに腹を立てていました。話ぶりがあまりにも支離滅裂だったので、私はつい「ばあば、認知症なんじゃない?」と言ってしまいました。

 仲がいいからと油断があったのかもしれません。私のその一言が、義母の悪感情のスイッチを入れてしまい、いわゆる「認知症の周辺症状」を引き起こしてしまいました。そこから3年ほどの間、義母は私を敵視して暴言を吐き、ときには暴力を振るうこともありました。仕事中に何度も電話がかかってきて、身に覚えのないことで怒鳴られる。あまりにもそれが続くので、着信拒否して距離を置いた時期もありました。

 距離を置いたら楽になるかといえば、逆に不幸な気持ちになりました。あんなに世話になったのに何もしてあげられない。でも顔を見れば暴言を吐かれるから会いたくない。自分のことも嫌いになります。その間、人に話を聞いてもらいアドバイスをもらったり、認知症に関する本をあれこれ読んだりしました。

 知識が増えるにつれ、認知症は初期の対応で決まってしまうところがあって、頭ごなしに否定してしまうと敵対し、家族でも一緒に暮らすのが難しくなることもあると知りました。義母は、変わりゆく自分のことを分かっていて、不安と恐怖でいっぱいだったのだと思います。前もって知っていたらこんなにこじれることはなかったのかもしれません。