多くの人がいつかは向き合う介護。一人ひとり状況も悩みごとも違えど、話をしたり、聞いたりすることで心が軽くなることも。読者の実際の体験や思いを聞き、専門家にコメントをもらう新連載がスタートします。第1回は、遠距離通勤をやめ、自宅近くの会社に転職した亜矢子さん。子育てのサポートをしてくれていた義母が、転職と同時に認知症に。どうなったのでしょうか。

亜矢子さん 47歳 団体職員(出向) 夫と2人の子どもと4人暮らし。
自宅の隣に夫の実家があり、義父母が2人暮らし。義母に1年半前から認知症の症状が出始め、要介護認定を申請中。

 私は現在、夫と2人の子どもと埼玉県に在住しています。東京都内の企業に勤めていました。子どもが病気になったときは、埼玉県内の別の地域に住む義父母に来てもらって、子どもの看病や面倒を見てもらっていました。

 子どもの病気が長引いた時など、毎日通ってきてもらうのも大変なので、2人目の育休中だった5年前に夫の実家の隣に家を建て、引っ越しました。ただ、夫の実家のある市は都心からさらに離れており、通勤時間は片道2時間以上となるため、朝の登園前の子どもたちのお世話など、全面的に義父母に育児の協力をしてもらう前提での引っ越しでした。

 この状況でこの先ずっと仕事を続けていくことはできないと思い、2019年7月に、自宅近くの団体に出向する前提で転職し、通勤時間が短縮されたので、義父母の負担を減らせることになりました。

転職と同じ時期に見え始めた義母の異変

 ところが、私の転職が決まった頃から、義母に変化が表れてきました。いつもきれいにして、お茶やお花など趣味もあった義母が、暑さもあってかほとんど外出しなくなったのです。テレビの前に座ったまま離れなくなり、家事もおろそかになりがちに。

 私が子どもたちの送り迎えをできるようになって、義父母に世話を頼む必要がなくなったのが引き金になったのかどうかは分かりませんが、ちょうど同じタイミングでした。

 19年の冬にはさらに様子がおかしくなり、東京で医師をしている義理の兄のところへ義母が1人で出掛けて、帰ってこられなくなったことがありました。義兄が嫌な予感がして駅に見に行くと、義母が立ち尽くしていて、切符もなくして自分が何をしているのか分からなくなっていたようです。義兄の勧めで受診したところ、初期のアルツハイマーと診断されました。