もともとは仏教用語であり、自分よりも他人の利益を優先する「利他」という言葉。近年は生き方やキャリア、料理など身近なテーマのほか、政治・経済、環境、人工知能(AI)といった幅広い領域と関連付けられ、社会の課題解決につながるキーワードとしても注目されています。ARIA世代の中には、「自分の経験を社会に還元したい」「後進の力になりたい」という思いから、キャリアチェンジをする人も。人はなぜ「利他的キャリア」に魅力を感じるのか? 利他と利己の境界線は? 利他をテーマに研究活動を行う東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター長の伊藤亜紗さんが疑問に答えます。

(1)伊藤亜紗が考える「利他」の本質 ギフトは毒にもなる
(2)実績を積んだ50代が「利他的キャリア」に引かれる理由 ←今回はココ
(3)「困っている人を助ける」の選別で善意が届きにくくなる

編集部(以下、略) 前回、伊藤さんの研究活動では、能動的な利他から遠ざかるようにしているという話がありました。ARIA世代には、セカンドキャリアの選択肢としてNPOや地域貢献活動など、自分の経験を生かして周囲を幸せにする「利他的キャリア」に興味を持つ人もいます。“社会貢献”を動機にしたキャリアチェンジは、利他の本質から離れてしまうのでしょうか。

伊藤亜紗さん(以下、伊藤) そんなことないですよ。「自分はたくさん与えられてきた」と気づくのは大事なことです。これまでに受け取ったものに40代・50代で気づくというのは、同世代の私にも納得感がありますし、「物事の見方を変える」という意味ではよく分かります。利他的な生き方といいながら、無理をして多額の寄付をする、困っている人を助けまくるという滅私の状態は怖いのですが(笑)。

「自分を削る」という発想が、利他には一番良くない

―― 自己犠牲の精神だと危険ということですか?

伊藤 「自分を削る」という発想が、利他には一番良くないんです。初めは「こうすると相手の利益になるだろう」と思ってしていたことが、「これをしてあげるんだから相手は喜ぶはずだ」に変わり、さらに「相手は喜ぶべきだ」と感謝されないと気が済まなくなる。それは利他ではなく、相手を支配することにつながります。自分が楽しいからしていることが、結果的に誰かも喜ぶことになるという対等な関係性は大事だと思います。

 利他がなぜキャリアチェンジの話と結び付くのか、不思議な感じがします。でも、つながっているのではないでしょうか。仕事を変えるということは、1度きりの行動ではなく、その後実際に活動をしていく中でさまざまな現場に出合い、思い通りにいかないこともたくさん起こるはずです。そういう中に身を投じられるのはすごいことですね。自分の行動の結果はコントロールできないということは、利他の大原則なんです。計画通りにいかないことにヒントがあります。

「女性活躍などといわれる中、他者評価やステータスとは一線を置いたところに活動の場を移すという『利他的キャリア』への流れは興味深いですね」(伊藤さん)
「女性活躍などといわれる中、他者評価やステータスとは一線を置いたところに活動の場を移すという『利他的キャリア』への流れは興味深いですね」(伊藤さん)