「働く」って何ですか――働き方改革やワーク・ライフ・バランスといった旗印の下で「働く」が揺らぐ今、改めてこの根源的な問いの答えを考えてみませんか? ifs未来研究所所長の川島蓉子さんが、企業のトップに「あなたにとって働くって何ですか?」をぶつけます。今回は、コクヨの黒田英邦社長にお話をお聞きしました。

(上)コロナ禍で祖父の写真を前に熟考したこと
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「黒田家」「コクヨ」の枠から出た留学時代

川島蓉子(以下、敬称略) 英邦さんは、コクヨを営んできた黒田家に生まれ、小さい頃から、いずれは社長になると意識されていたのですか。

黒田英邦(以下、敬称略) 母親からは「後を継げる人になりなさい」と、厳しく育てられた覚えがあるのですが、「継ぎなさい」と言われたことはないんです。ただ小さい頃、祖父(2代目社長の黒田暲之助氏)に手を引かれ、文房具の工場に行ってお絵かき帳をもらってうれしかったことは、記憶に残っています(笑)。

コクヨ代表取締役社長 黒田英邦さん
コクヨ代表取締役社長 黒田英邦さん
1976年、兵庫県生まれ。甲南大学、米ルイス&クラークカレッジ卒業後、2001年にコクヨへ入社。オフィス家具部門の法人営業、経営企画部長、コクヨファニチャー社長を経て、15年よりコクヨ社長に就任

川島 大学は米国に留学されていますが、それも社長修業の一つだったのでは?

黒田 違います。エスカレーター式に大学まで上れる学校に通っていたのですが、中学も高校も他校を受験しても失敗続きだったのです。大学受験も見事に失敗し、「浪人しなさい」と言われたのですが「嫌だ」と。「留学するなら許可する」ということで、ポートランドの大学に通ったんです。でもその経験は、めちゃくちゃ面白かったです。

川島 米国での勉強は厳しそうですが。

黒田 日本の大学は、何のために勉強するかがはっきりしていないことが多いじゃないですか。でも米国の大学は将来のために勉強するというゴールがはっきりしている。自分も日本にいると、何となく黒田家でありコクヨであり、と決まっている枠組みの中にいて、何も考えてこなかったなと思ったのです。

川島 じゃ、必死で勉強を?

黒田 最初は英語もよく分からない上に、どの授業も難しい。生まれて初めて死ぬほど勉強しました。哲学の授業では、教授のところに行って何とか単位を……と懇願することもありもしましたけど(笑)。

川島 でも、得るところが大きかったのですよね。

黒田 米国に行っていなかったら今の僕はないと言っていいくらい、血となり肉となる経験をたくさんできました。勉強以外だと、バスケットボール部に入ろうと思って、トライアウトのテストを受けに行ったのです。が、ただ待っているだけだと、いつまでもコートに入れてもらえないんです。要は外されているんです。やっとある人が「順番だから入れば?」と言ってくれて、ようやくいざテストとなったら、今度はパスが回ってこない。ここでも外されているわけです。偶然にもコロコロ転がってきたボールを拾い、夢中で動いてパスを出したら、そのシュートが決まり、ナイスプレーになったのです。

川島 やったー!ですね。

黒田 その瞬間、空気が変わりました。「What’s your name?」「Where are you from?」と、みんなが次々に声をかけてくれ、仲間に入れてもらえたのです。自分で主張しないと、何事も勝ち取れないということだし、勝ち取った人たちは活躍できる。そして、結果についてはフェアに対応してくれるということを、身を持って実感しました。