「働く」って何ですか――「就職活動以来、考えたことがない」という方、「そんな青臭い質問しないで」とお思いの方もいるでしょう。働き方改革やワーク・ライフ・バランスといった旗印の下で「働く」が揺らぐ今、改めてこの根源的な問いの答えを考えてみませんか? ifs未来研究所所長の川島蓉子さんが、いろいろな企業のトップに「あなたにとって働くって何ですか?」をぶつけます。

(上)10歳で人生に悩む『善の研究』が救済 ←今回はココ
(下)信頼できるのは不満を基に行動できる人

コロナ禍における在宅勤務中にひげを伸ばしたというポーラ・オルビスホールディングス代表取締役社長・鈴木郷史さん。早稲田大学大学院理工学研究科修了後、1979年に本田技術研究所へ入社。1986年ポーラ化粧品本舗(現ポーラ)入社。2006年から現職、2016年からはポーラ会長に。2020年、ポーラ社長に及川美紀氏が就任。ポーラ初の女性社長として話題になった
コロナ禍における在宅勤務中にひげを伸ばしたというポーラ・オルビスホールディングス代表取締役社長・鈴木郷史さん。早稲田大学大学院理工学研究科修了後、1979年に本田技術研究所へ入社。1986年ポーラ化粧品本舗(現ポーラ)入社。2006年から現職、2016年からはポーラ会長に。2020年、ポーラ社長に及川美紀氏が就任。ポーラ初の女性社長として話題になった

「人生は好きなことをしていい」、11歳で定めた目標

川島蓉子さん(以下、敬称略) 最初からズバリお聞きします。ポーラを興した鈴木家に生まれ、小さい頃から自分は後継ぎと意識していらっしゃったのですか?

鈴木郷史さん(以下、敬称略) 両親は「好きなことをしなさい」と言ってくれたのですが、周囲から自分は後継ぎとして見られていると勝手に思い込んでいました。幼い頃の僕は、模型を作ったり漫画を読んだりしてばかりで勉強は全然ダメ。こんな人間に社長が務まるわけがないと、将来のことを考えるのが本当につらかった。心配をかけるから親には言えないし、もちろん友達にも相談できない。一人で悶々(もんもん)としていました。

川島 今の鈴木さんの姿からは、全く想像もつきませんが。

鈴木 今考えたら本気かどうかは別にして、10歳のときに自殺まで考えたのです。が、「新聞に10歳で自殺したという事件の載っているのを見たことがない。世間の常識とはよほど違うことなんだ」と思いとどまりました。そこで出合ったのが、哲学者・西田幾多郎の『善の研究』だったのです。

川島 10歳で『善の研究』とはびっくり。人間の存在を問いかける哲学書ですから。

鈴木 『善の研究』に気づかされたのは、周囲からわがままと思われるかもしれないけれど「好きなことをやっていい」ということ。ちょうどホンダがF1に進出した年(1964年)でもありました。当時のホンダは四輪より二輪、バイクのイメージが強く、四輪ではマツダより小さい規模の会社でした。

 小さい頃から車が大好きだった僕は、「これはすげーっ!」となり、翌年、ホンダがF1で初優勝するのを見て、人生の目標を「本田宗一郎と仕事をすること」と決めたのです。

川島 大きな目標を設定したのですね。

鈴木 ホンダの技術屋になるために、自動車工学の権威がいた慶応大学に入ろうと、勉学に励むようになりました。ところが思いがけずに、(当時はより偏差値が高かった)早稲田大学の理工学部にも受かった。「優秀な人間がどういうものか見てみたい」と好奇心が湧いてきて、結局、早稲田に行くことにしたのです。

川島 ぜいたくな選択です!(笑)。でも、失礼ながらバンカラな早稲田大学とおしゃれな鈴木さんのイメージがどこか合わないような。1970年代の鈴木さんはどんなファッションをしていたのですか。まさかロン毛とか?