新型コロナ感染症対策に取り入れられたことで一躍、注目を浴びた行動経済学。経済学に心理学の視点を組み合わせ、人間の意思決定や行動の特性を分析していく新しい学問です。行動経済学の視点をうまく取り入れると、部下、組織、そして自分自身の行動をより良く変えることもできます。ときに不合理な行動を取ってしまう、人間の思考プロセスにはどんなクセやバイアスがあるのか。大阪大学感染症総合教育研究拠点 特任教授の大竹文雄さんに聞きました。

(1)「得する」よりも「損しない」行動経済学で人を動かす
(2)男性育休取得率9割に急上昇 秘密は「デフォルト」設定 ←今回はココ
(3)新型コロナ対策で効果を発揮した「利他的メッセージ」とは?

行動経済学で自分や部下の行動を変える

編集部(以下、略) 前回(「得する」よりも「損しない」行動経済学で人を動かす)の解説で「参照点依存」や「損失回避」「現在バイアス」といった人間の意思決定の「クセ」があることが分かりました。こうした行動経済学の知見を自分や周囲の人の行動を変えていくことにどう応用すればいいのでしょうか。

大竹文雄さん(以下、大竹) 自分のモチベーションを上げたいときに、周りのできる人と比較して「自分はまだできてない」と捉えることがモチベーションになる人がいます。人は「できない」という損失を回避したいという思いから、周囲に追い付くよう頑張ろうという意識が働く。ただ、この方法は長くは続きません。

 周りに追い付くために努力するのは非常につらい。1回限りとか、期間限定なら、この方法で効果を上げることができますが、継続性が乏しい。

 部下に対してもそうです。「周りは達成できているのに、あなたはできてない」と叱ることは、損失を強調することと同じですから、瞬間的には効果があるのですが、長期的に人は動かすことにはならないことを知っておいてください。「動くな!撃つぞ」と脅すと、人はその場で命令に従いますが、張りつめた時間だから効果があるわけです。

周りのできる人に追い付こうとすることはモチベーションになるが長続きしにくい
周りのできる人に追い付こうとすることはモチベーションになるが長続きしにくい

―― 欠点を指摘して叱ることは長期的に効果が続かないということですね。

大竹 部活動などでもミスをした選手への体罰が問題になりますよね。体罰が良くないと分かっているのになくならないのはなぜか。体罰の効果を信じている指導者がいるからです。体罰が有効でないことは「平均への回帰」という現象で説明されています。