新型コロナ感染症対策に取り入れられたことで一躍、注目を浴びた行動経済学。経済学に心理学の視点を組み合わせ、人間の意思決定や行動の特性を分析していく新しい学問です。ときに不合理な行動を取ってしまう、人間の思考プロセスにはどんなクセやバイアスがあるのか。大阪大学感染症総合教育研究拠点 特任教授の大竹文雄さんに聞きました。

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現実の人間は経済学の想定より面倒臭がり

編集部(以下、略) 行動経済学がビジネスシーンや公共政策で取り入れられることが増えています。これまでの経済学に対して、行動経済学の考え方は、何がどう違うのでしょうか?

大竹文雄さん(以下、大竹) 伝統的な経済学では、人間は手に入れた情報から論理的推論に基づいて自分の目的を達成できるように行動するものだと捉えられてきました。でも、現実の人間は面倒臭がりだし、注意や関心を向けて考えることに使える時間や能力は限られています。行動経済学は人間をかなり現実的に捉えた学問です。

 よく考えれば違う選択肢を選んだほうが良い結果が得られそうな状況でも、実際の人間はかなり単純化して意思決定しています。「みんながそうしているから」「今まではそれでうまくいったから」といった理由で判断しているケースもあります。

 これまでは、貯金ができない人や遅刻ばかりしてしまう人、不健康な生活を送っている人を見たとき、「知識が足りないからだ」と考えて、行政や公的機関は知識の普及や啓もうに注力してきました。社会保障制度は、困っている人は必要度が高いので自分で調べ、申請書を書いて提出するはずだという申請主義を取っています。

社会保障制度は申請しなくては受け取れないものが多い
社会保障制度は申請しなくては受け取れないものが多い

大竹 でも、多くの場合、人はそれほど調べず、さほど考えず、知っている範囲で、これまでの慣習に従って、必ずしも合理的でない判断をする。私たちの意思決定にはそういう特性があることを研究したのが心理学で、それを経済学に応用したのが行動経済学です。

―― 意思決定には具体的にどういう特性がありますか?

大竹 いくつかありますが、1つは「参照点依存」です。