1990年代に『格好悪いふられ方』『Rain』『十人十色』などのヒット曲を連発。俳優や司会者としても活躍していた大江さんは、47歳で全活動をストップしてジャズの名門大学に留学しました。以降、米国を拠点にジャズピアニストとして活躍する大江さんを襲ったパンデミック。大江さんは、ニューヨークの街で何を考え、どう行動したのでしょうか。いよいよ最終回、ARIA読者への熱いメッセージもくれました。

(1)コロナ禍で実感した「またゼロに戻るとき」
(2)60歳の今「そろそろ夢を口に出していこう」
(3)20歳、100歳の自分に声をかけるなら… ←今回はココ

60歳の僕は、「人生の抑揚」を知っている

―― 大江さんは、60歳になった自分から過去の20代から50代の「君」に、そして70歳から100歳になった未来の「君」に宛てて、メッセージを投げかけていますね。

大江千里さん(以下、大江) 実は、いざ過去そして未来の自分にメッセージを送ろうとしたとき、途方にくれました(笑)。でも、文字で書いてみたことで、だんだん気持ちが鮮明になりましたね。

 例えば30代の君は何をどう思っていたかなって。日本武道館で3日間、横浜スタジアムでコンサートをしていても、どこか自分に納得していない。幸せじゃないと思っている。そんな君の隣に行って僕は「今だからそう思うだけ。すごいことが起こっているんだよ」とビールでも1杯おごってあげて伝えたいな。でも、彼は彼が思うまま不器用ながらもやったほうがいいのかなぁなんて、過去の自分とやり取りしているうちに、そのときの自分のことを少し許せるような、寛容で優しい気持ちになれたんですね。

 当時は、失うことへの不安が強くて。人気だってそう。100人いたら100人全員に愛してほしいんです、若かったし、ね。だけど、失って、残念だな、悲しい、寂しい、ああ~っていう思いを乗り越えてまた新たに出会う人もいる、という人生の抑揚を60歳の僕はほんの少し知っているんです。自分の価値観もそう簡単に変わるものではなく、人との関係もそう簡単に切れるもんじゃない、ということが60歳という節目を迎えて、可視化されてきました。

『マンハッタンに陽はまた昇る~60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)で過去、そして未来の自分に声をかけた大江さん。100歳の自分にどんな声をかけたのかは次ページ以降で。写真は2020年1月の取材時に撮影。今回は、ブルックリンの自宅からリモート取材に応じた
『マンハッタンに陽はまた昇る~60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)で過去、そして未来の自分に声をかけた大江さん。100歳の自分にどんな声をかけたのかは次ページ以降で。写真は2020年1月の取材時に撮影。今回は、ブルックリンの自宅からリモート取材に応じた

―― 30代を過ぎて、大江さんにとっての40代は「喪失とあり余る創作意欲のはざまにいる」と書かれていましたね。

大江 そう。30代半ばから40代前半にかけての闘った自分に対しては、けっこう今でも愛が深いんです。ポップ・ミュージックの可能性をいろんなアングルから試していた時期。その頃ニューヨークでアパートを借りて、しばらく過ごしてから日本に帰って、「僕のポップ・ミュージック」に新しく覚えたかっこいい衣を着せて、「どう?」って喜ばせたいのに、現実の反応は厳しいものもあって。自分がいいと思うものが一般に受け入れられたかといえば、なかなかそうではなかったりもして。だけど七転八倒しながら、それでもあきらめずにあがいていた。