マイナスだらけでもタフになった60歳の自分

大江 もちろん当初は絶望や喪失感に直面しました。でも、考えてみたら僕は47歳のときにそれまで持っていたものを捨てて米国に渡ってきた。なんだ、またゼロに戻るときが来たんだ、と思ったんです。14年前と比べたら、60歳の今は眉毛も抜けてメガネの度数も合わなくて、そう考えるとマイナスだらけなんですけど、あのときよりも実はずいぶんタフになってる。だから、できるぞ、やってやろうじゃん! って、闇雲に信じる自分もいたんですよね。

「僕が乗っているこの船がどこに行き着くのか。予測はつかないんですけど、『これから世界は良い方向へ変わっていく』と感じています」
「僕が乗っているこの船がどこに行き着くのか。予測はつかないんですけど、『これから世界は良い方向へ変わっていく』と感じています」

―― 大江さんの住むブルックリンはどんな様子だったのでしょうか。

大江 ニューヨークって、振れ幅が大きいんですよ。感染率も人生も3歩進んで2歩下がる、その振れ幅を行ったり来たりしている感じです。電車に乗ると、クスリか何かで意識がトンでる人が転げ回っていて、一方では物乞いをする人が「Give me change」って言って回ってる。そうしたら床で転げ回っている人が物乞いをする人に「お金をあげるよ」って渡して、誰もそれに対して突っ込まず淡々と見過ごして受け入れている。そんな光景に胸がぎゅっと痛むけれど、数日して天気が良くなるとそれだけでニューヨークらしさみたいな空気を感じて「よし、この世界に自分も組み込まれて、エネルギーを吸い上げて音楽を作るぞ」という気持ちが湧いてきたりする。