人生には思いもよらぬことが起きるもの。肩の力を抜いて柔軟に「私の生き方」を見つけていこう――。先輩たちが半生を振り返って贈る、珠玉のメッセージ。日経WOMANの看板リレー連載を、日経ARIA読者にお届けします。名門・英国ロイヤルバレエ団のプリンシパルを15年間務めるなど、世界的バレリーナとして活躍した吉田都さん。現在は新国立劇場の舞踊芸術監督として、新国立劇場バレエ団を率いています。第1回はバレエとの出会いから17歳でローザンヌ賞を受賞、英国にバレエ留学するまでを語っていただきます。

(1)踊る喜びと苦しみを切り抜けて ←今回はココ
(2)生き残るプロは「自己満足しない人」
(3)闘いの日々から新たなステージへ
(4)尽きぬ情熱、新しい目標へ1つずつ


吉田都
新国立劇場芸術監督
吉田都 1965年東京都生まれ。83年に渡英。英国のバーミンガムロイヤルバレエ団のプリンシパル(最高位)を経て、95年に世界3大バレエ団のひとつ、英国ロイヤルバレエ団にプリンシパルとして移籍。04年ユネスコ平和芸術家に任命される。07年、紫綬褒章を受賞、英国で大英帝国勲章(OBE)を受勲。10年からフリーランスのバレエダンサーとして、舞台活動と後進の育成に力を注ぐ。19年8月「Last Dance ―ラストダンス―」公演を最後に引退。20年9月、新国立劇場舞踊芸術監督に就任。2月20日より、新国立劇場バレエ団「眠れる森の美女」を上演予定。

 2010年の夏に、15年間プリンシパル(最高位のダンサー)を務めた英国ロイヤルバレエ団との最後の公演を終え、バレエ人生にひとつの区切りをつけました。95年、29歳でバーミンガムロイヤルバレエ団からロンドンのロイヤルに移籍したときは、まさか自分がここまで踊り続けるとは、夢にも思っていませんでした。

 同時に、私にとって文字通りホームグラウンドとなった英国ロイヤルを去る日が来ることも、想像もつかないことでした。

 クラシックバレエのダンサーは優雅さが身上ですが、舞台裏では常に戦闘態勢です。もっと手足を自由に動かしたい、もっと表現したい、もっとああしたい、もっとこうしたい――ヒリヒリした思いは、どこまで行っても、なくなることがありません。また、そうでないと、あっという間に居場所が奪われてしまうシビアな世界でもあります。17歳でひとりロンドンに留学してから、私はずっとその戦闘態勢の中で生きてきたように思います。

 その緊張がほどけたのは、ロンドンでの最終公演の翌日でした。自宅のバスルームにいっぱいになった花束を生けようとして、贈り主のカードを読んでいるうちに、いつの間にか号泣している自分がいました。闘いが終わった安堵と空虚。そんな気持ちもさることながら、それ以上に、自分がこれまでいかに多くの方々から支えられ、励まされていたのか。抑えていた感情が一気に解放され、あらためて自分が選んだ道をありがたく振り返ることができたのです。