人生には思いもよらぬことが起きるもの。肩の力を抜いて柔軟に「私の生き方」を見つけていこう――。先輩たちが半生を振り返って贈る、珠玉のメッセージ。日経WOMANの看板リレー連載を、日経ARIA読者にお届けします。エステー代表執行役社長(COO)の鈴木貴子さんは、減収減益が続いていたエステーの社長就任を打診され、迷ったうえで引き受けました。しばらくは我慢の時ととらえて改革を続け、就任から数年後に会社は過去最高益を達成。社長の役を演じればいい、と考えることで、やるべきこと、言うべきことがおのずと見えてきたといいます。

(1)仕事でミス連発、迷える20代
(2)「デザイン革命」のためエステーへ
(3)社長の「役を演じる」で成長できる ←今回はココ

鈴木貴子
エステー 代表執行役社長(COO)
鈴木貴子 1962年、エステー化学(現・エステー)創業者・鈴木誠一の3女として東京都に生まれる。1984年に上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業後、日産自動車に入社。クラランス、LVJグループ(現・LVMH GROUP)のマーケティングなどを経て、独立。デザインコンサルティング会社を立ち上げてエステーに関わったことを機に、カリスマ経営者の叔父・鈴木喬会長のオファーを受け、2010年、エステー入社。2013年、51歳で社長就任。2018年3月期は過去最高益を達成した。

 私がエステーに入社して3年がたった2013年当時は、減収減益が続いていました。そんななか、叔父の鈴木喬(たかし、現会長)からの社長就任の打診には躊躇(ちゅうちょ)しました。出世やリーダーを目指したこともない私に、社長が務まるわけがありません。ただ、エステー社員の愛社精神や温かい社風にはとても愛着がありましたし、内部昇格の方や外部から招聘(しょうへい)した方が社長を務めるなかで、後継者選びに難航している経緯も聞いていました。もし、今ここで会社がダメになったら後悔するかもしれない。そう考え、51歳で社長職を拝命しました。

仕事服は常に白いスーツ

 就任までの3カ月間で取り組んだのが、私自身のビジュアル改革です。日用品メーカーの代表には清潔感が大切であると考え、仕事服は常に白いスーツに。男性のグレースーツの集団の中でも、すぐに私を認識してもらえる便利な色です。そして、「常に笑顔でいる」ことも決めました。これは、「大将がニコニコしていればたいていはうまくいく」という叔父の教えです。

「『常に笑顔でいる』ことも決めました。これは、『大将がニコニコしていればたいていはうまくいく』という叔父の教えです」
「『常に笑顔でいる』ことも決めました。これは、『大将がニコニコしていればたいていはうまくいく』という叔父の教えです」

社員時代に書き留めた「エステーのここがヘン」

 社長就任直後、高収益体制を目指して社内改革に着手しました。ネタ元になったのが、社員時代に「エステーのここがヘン」だと感じたことを書き留めていたメモ。会議が長い。返品率が高い。購買層の多くが女性なのに、商品開発プロジェクトに女性がいない。多くの業務が“オジサン社員”中心……。

 なかでも気になったのが商品開発です。消臭芳香剤など主力事業の一つであるエアケア商品や除湿剤などの日用品市場は、競合がひしめくレッドオーシャン、つまり激しい価格競争状態でした。そんな熾烈な競争を、男性社員たちは根性論だけで勝ち抜こうとしていたのです。そのため利益率が下がり、売れるほど赤字になる商品もありました。

 でも、そんな利益を削るような値下げ合戦をしなくても、高付加価値の商品を作って差別化を図ったり、利益率の高い商品を主力に据えたりすれば、戦わずして勝てるチャンスがあるはず。市場のゲームの流れを変えるには、生活者目線が必要です。新商品開発のプロジェクトには必ず女性社員を入れるように指示しました。