人生には思いもよらぬことが起きるもの。肩の力を抜いて柔軟に「私の生き方」を見つけていこう――。先輩たちが半生を振り返って贈る、珠玉のメッセージ。日経WOMANの看板リレー連載を、日経ARIA読者にお届けします。エッセイストの平松洋子さんは、大学生の頃からライターの仕事を始めて、卒業後もフリーランスとして続けていきます。やがて、食や家庭料理を題材に書くことで社会を考察していきたいと考え、取材して分析して書くことをトレーニングのように続けていきます。

(1)本が息苦しさから私を自由にした
(2)仕事であがいた先に「次」がある ←今回はココ
(3)「自己表現」にはこだわらない

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妹たちへ 平松洋子 本が息苦しさから私を自由にした


平松洋子
エッセイスト
平松洋子 ひらまつようこ/1958年岡山県生まれ。東京女子大学在学中からライターとして仕事を始め、卒業後、食文化や暮らしをテーマに、アジアを中心に世界各地を取材。『とっておきのベトナム家庭料理』(マガジンハウス)など現地の食卓を紹介した本が注目を集める。2006年に『買えない味』(筑摩書房)でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。2012年に『野蛮な読書』(集英社)で第28回講談社エッセイ賞受賞。『サンドウィッチは銀座で』(文藝春秋)などエッセーが常に人気。最新刊『忘れない味 「食べる」をめぐる27篇』(講談社)

 子どもの頃から組織や集団が苦手だった私は、大学卒業後は就職せずに、在学中に始めたライター業をフリーランスで生業(なりわい)としていました。雑誌を中心にインタビュー記事を書き、後に『MORE』(集英社)などの女性誌で、女性問題をテーマにした記事作りも経験しました。

食卓には個人や家庭、その国の文化や歴史が表れる

 当時読んだ本で、いまだに私のバイブルになっている本があります。それが、山口文憲さんの『香港 旅の雑学ノート』(新潮文庫)。1970年代に出版された香港についてのエッセーですが、ひとつの町の文化を解き明かしていく切り口や視点がとても刺激的でした。文化人類学的なアプローチにも触発され、24歳で香港へ。初めての海外旅行でした。

 中国返還前の香港は、イギリス統治時代の異国情緒が漂うなか、どこか無法地帯のような空気もあり、中央市場の店先に、切られたばかりの牛の首がごろんと転がっているのも新鮮でした。食材を通して人々の暮らしに触れ、生活の仕組みを学んでいきました。

「食材を通して人々の暮らしに触れ、生活の仕組みを学んでいきました」
「食材を通して人々の暮らしに触れ、生活の仕組みを学んでいきました」

 30代になったあるとき、取材で出会った在日韓国人の方のお宅にお邪魔する機会がありました。その方の食卓にはキムチやスッカラ(韓国のスプーン)があり、日本のカレーライスもあった。食卓には、個人や家庭、その国の文化や歴史が複合的に重なり合っていることに気づかされました。私は食や家庭料理を手がかりに、もの書きとして社会を考察していきたい──。

 そこで、まずは一番近い国、韓国へ。まだ海外に関する情報も多くない時代。日本に近い国、アジアの国同士は文化的な共通項も多いので、さまざまな国の取材を重ねるなかで、書く内容の厚みが増していくのではと考えたのです。