人生には思いもよらぬことが起きるもの。肩の力を抜いて柔軟に「私の生き方」を見つけていこう――。先輩たちが半生を振り返って贈る、珠玉のメッセージ。日経WOMANの看板リレー連載を、日経ARIA読者にお届けします。20代で、取材の原点となる在日外国人問題に出合った増田ユリヤさん。過労とストレスから体調を崩し、いったんNHKの仕事を辞しますが、再びラジオとテレビの現場へ。そして37歳のとき、初めての海外取材に旅立ちます。

(1)教師とリポーター、2つの出発
(2)20代で出合った取材の原点 ←今回はココ
(3)現場での出会いが成長の糧になる


増田ユリヤ
増田ユリヤ 1964年神奈川県生まれ。国学院大学卒業。高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務めた。教育や移民問題を中心に国内外を幅広く取材し、『世界一受けたい授業』(日本テレビ系)などでも活躍。現在、『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)のレギュラーコメンテーターを務める。日経WOMANでは『現代ニュースのキーワードLIVE』が好評連載中。著書に『揺れる移民大国フランス』(ポプラ社)など。

 20代は、高校の非常勤講師とNHK横浜放送局でリポーターの仕事に没頭。スタートはFM放送でしたが、全国放送のラジオ第1にも出演するようになりました。取材の録音を編集していると、声のトーンや息遣いはもちろんのこと、背景にある風の音や行き交う人々の足音まで、実にさまざまな音から伝わってくることがたくさんある。それを生き生きとしたコメントで伝えるのが私の役割。そんなラジオの魅力にどんどんハマっていきました

 半年後、テレビにも出演することになりました。テレビの仕事は争奪戦。そんなことにも気づかず、ラジオに熱中していた私を見ていたカメラマンが、「そろそろ、増田も出してやったらどうか」と言ってくれたそうです。

 初のテレビ出演は、夜8時45分からのニュース枠で、各地方局からのリポートでした。「真空調理法」という新しい調理方法が開発されたので、専門学校を訪ねて試食をするという内容。食いしん坊が災いして早食いになったり(笑)、映像に合わせて効果的にコメントすることの難しさを知りました。言葉で五感を表現するラジオとは全く違う世界だったのです。

 リポートは、東京のスタジオから「続いて『845情報』です。今日は横浜放送局からお伝えします」と紹介されます。その担当が、キャスター1年目の池上彰さんでした。以来、池上さんとは30年のお付き合いになります。