人生には思いもよらぬことが起きるもの。肩の力を抜いて柔軟に「私の生き方」を見つけていこう――。先輩たちが半生を振り返って贈る、珠玉のメッセージ。日経WOMANの看板リレー連載を、日経ARIA読者にお届けします。映画監督・河瀬直美さんの最終回です。世界への扉を開いてくれた国際映画祭を地元・奈良でも立ち上げ、人々がつながりあう祭典に育てた河瀬さん。映像は人生を豊かにする可能性も秘めていると語ります。

(1)高熱と共に映画の神様が降りてきた
(2)出産現場で知った丸裸の命の尊さ
(3)心に生き続けるかけがえのない時間 ←今回はココ


河瀬直美
映画監督
河瀬直美 1969年奈良県生まれ。国内外の映画祭で受賞多数。代表作は『萌の朱雀』『殯の森』『2つ目の窓』『あん』『光』など。最新作『朝が来る』は、Cannes 2020 オフィシャルセレクション、第93回米アカデミー賞国際長編映画賞候補日本代表として選出、第44回日本アカデミー賞優秀監督賞受賞。「なら国際映画祭」では後進育成にも力を入れる。東京 2020 オリンピック競技大会公式映画監督、2025年大阪・関西万博プロデューサー兼シニアアドバイザーを務める。私生活ではお米も作る一児の母。

 『殯(もがり)の森』がカンヌ国際映画祭で審査員特別大賞グランプリを受賞したことは、自分にとって、とても大きな意味があった。92歳の養母の介護、2歳の息子の子育て。日常的にしなければならないことが山積みなのに、山積みだからこそ、そこで感じる想いをカタチにして遺したいと思った。この行き場のない想い、抜き差しならない想いを映画というものに形を変えて表現する。それには多くの協力者と理解してもらえるスタッフが必要だ。

 製作資金を集めるためにはプロデューサーを立てたほうがいいに決まっているが、そうして体制ができてしまうと、わたしがその体制に自分の日常をシフトしていかなければならなくなる。それは土台無理な話で、仕事と家庭、どちらに対しても中途半端なかかわりで終わってしまう。物理的なことよりも、精神的な部分での充実をもたらされなければ、すべての物事はバランスが悪くなる。創り手にとって一番大切な心の持ちよう。それが確固たる意志によって物事を突き動かしてゆくように、だ。

日常の中にある行き場のない想いを映画という形にして遺したいと思った
日常の中にある行き場のない想いを映画という形にして遺したいと思った