人生には思いもよらぬことが起きるもの。肩の力を抜いて柔軟に「私の生き方」を見つけていこう――。先輩たちが半生を振り返って贈る、珠玉のメッセージ。日経WOMANの看板リレー連載を、日経ARIA読者にお届けします。奈良を拠点に世界的活動を続ける映画監督の河瀬直美さんの第2回です。半年間をかけて山奥の村で撮った初の長編『萌の朱雀』がカンヌで受賞の快挙。34歳で出産した前年には映画の取材のために出産現場に立ち会います。

(1)高熱と共に映画の神様が降りてきた
(2)出産現場で知った丸裸の命の尊さ ←今回はココ
(3)心に生き続けるかけがえのない時間


河瀬直美
映画監督
河瀬直美 1969年奈良県生まれ。国内外の映画祭で受賞多数。代表作は『萌の朱雀』『殯の森』『2つ目の窓』『あん』『光』など。最新作『朝が来る』は、Cannes 2020 オフィシャルセレクション、第93回米アカデミー賞国際長編映画賞候補日本代表として選出、第44回日本アカデミー賞優秀監督賞受賞。「なら国際映画祭」では後進育成にも力を入れる。東京 2020 オリンピック競技大会公式映画監督、2025年大阪・関西万博プロデューサー兼シニアアドバイザーを務める。私生活ではお米も作る一児の母。

 最初の長編劇映画『萌の朱雀』は、家族をテーマにした映画である。奈良県西吉野村、現在は市町村合併にともない五條市になったその村で、準備も含めると半年の間合宿をして映画を撮影した。スタッフの平均年齢は28歳。カメラマンの男性だけが50代で、あとは30代が数名、ほとんどが20代のスタッフだった。今から考えるとよく最後まで撮影できたなと思う。

 1996年当時の現場には携帯電話もインターネットも存在しない。調べたいことがあれば、図書館に出かけたり、実際にその道のプロに聞きにいったりした。こんな場所で撮影したいというイメージを探すのも同じだ。とにかく足で稼ぐ、時間がかかる。しかし、それが確実に自分たちの手足を使って行うことなので、もちろん忘れることはないし、その人のその時の感覚も含めた情報として入ってくる。つまり、情報が無機質ではないのだ。情報が誰かの目を通して得られたものであるから、信頼し合っているスタッフとでないとなかなかうまく作業は進まない。

 そしてよくけんかもした。深い山間の村で撮影をしているので、気持ちと気持ちが直接にぶつかり合い、それらが分散することがない。何か別のものに気持ちをいったんすり替えたり、違う場所で過ごして時間を空けたりするということができないのだ。そうしてもめる。もめて、村を去る、つまり辞めるというスタッフも続出。しかし、言い合うだけ言い合って、あとは自分たちで考え直したり、納得したりを繰り返して、とにかく奇跡的に最後まで映画を撮り続けることができた。