人生には思いもよらぬことが起きるもの。肩の力を抜いて柔軟に「私の生き方」を見つけていこう――。先輩たちが半生を振り返って贈る、珠玉のメッセージ。日経WOMANの看板リレー連載を、日経ARIA読者にお届けします。世界的バレリーナとして活躍、現在は芸術監督として新国立劇場バレエ団を率いる吉田都さんの第3回です。第一線で活躍を続ける一方、体との向き合い方をきっかけに変化の必要性を感じた吉田さん。40歳前後で公私共に転換期を迎え、生活と活動の拠点を英国から日本に移し始めます。

(1)踊る喜びと苦しみを切り抜けて
(2)生き残るプロは「自己満足しない人」
(3)闘いの日々から新たなステージへ ←今回はココ
(4)尽きぬ情熱、新しい目標へ1つずつ


吉田都
新国立劇場芸術監督
吉田都 1965年東京都生まれ。83年に渡英。英国のバーミンガムロイヤルバレエ団のプリンシパル(最高位)を経て、95年に世界3大バレエ団のひとつ、英国ロイヤルバレエ団にプリンシパルとして移籍。2004年ユネスコ平和芸術家に任命される。07年、紫綬褒章を受章、英国で大英帝国勲章(OBE)を受勲。10年からフリーランスのバレエダンサーとして、舞台活動と後進の育成に力を注ぐ。19年8月「Last Dance ―ラストダンス―」公演を最後に引退。20年9月、新国立劇場舞踊芸術監督に就任。2月20日より、新国立劇場バレエ団「眠れる森の美女」を上演予定。

 2010年4月23日。英国ロイヤルバレエ団のプリンシパルとして、ロンドンでの最後の舞台を務めた後、かつて味わったことのない感情がわき上がってきました。27年間のプロ生活にひと区切りをつける公演でしたので、感情が乱れるのではないかと心配していたのですが、終わってみたら、この上なく穏やかでピースフルな境地に達していたのです。逆に言えば、それまでの自分は、いかに平和とは程遠い心境で生きていたか、ということでもありました。

 実際、英国のバレエ団でプリンシパルを務め続けるということは、20代、30代の私の全人生を占める課題でした。バレエに120%以上の力を注ぐ日々に、ほかの人が入ってくる余地はなく、「結婚」や「出産」の2文字を意識することは、全くありませんでした。その間、ふと周囲を見回すと、友人たちの多くは結婚していましたが、それでも自分のペースが揺らぐことはなかったのです。

英国ロイヤルバレエ団のプリンシパルを卒業して感じたのは「平和な境地」だった
英国ロイヤルバレエ団のプリンシパルを卒業して感じたのは「平和な境地」だった