社会の構造が複雑になり、人々の価値観が多様化する中で、企業経営を取り巻く環境は厳しさを増しています。そうした中で注目を集めているのが「デザイン経営」です。企業の競争力や価値の創出、課題の解決に貢献するデザイン経営、デザイン思考とはどういったものなのでしょうか。デザインの力を生かした多種多様なプロジェクトを手掛けるロフトワーク代表取締役の林千晶さんが、基本から解説します。

(1)成熟市場を生き抜く思考の転換 「デザイン経営」とは ←今回はココ
(2)デザイン経営の謎 無関係に見える事業をなぜ展開する?
(3)ユーザーの無意識の「あったらいいな」 見つける視点を

 経済産業省と特許庁が立ち上げ、私も委員の1人を務めた「産業競争力とデザインを考える研究会」は、2018年5月に『「デザイン経営」宣言』をまとめました。その中ではデザイン経営について、「デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営である。」と定義しています。

 デザインを活用した経営とは具体的にどのようなものか。そもそも、経営においてなぜデザインの力が重要視されるようになったのか。今回はそのことについてお話ししたいと思います。

技術で差別化できる時代ではなくなった

 下の図は、従来型の経営における商品やサービス開発のプロセスを表しています。経営層で新規事業の話が出ると、まずはR&D(研究開発)の部門で研究開発がなされ、技術的に実装可能な状態になって初めて、事業企画に話が下りてきます。そこで商品・サービスとしての概要が定義され、次に色や形、パッケージなどのデザインが決められて、最後に営業や販売部門へと流れていく。経営層の発案から商品・サービスが実際に消費者のもとに届くまでのスパンは3年~5年、長い場合だと10年や20年、中にはハイブリッド車のように着想から30年かかった、なんていうものもあります。

 なぜこのようなプロセスでモノが作られるかというと、技術で差別化する時代だったからです。ドライヤーなら「もっと速く乾く」「音がより静か」とか、自動車だったら「燃費がいい」とか。こうした機能を実現するにはいずれも技術が必要ですよね。

 でも、モノが成熟してくると、技術で差別化しようとしてももはや大差がなくなります。例えば化粧品のSPF値は紫外線による肌の赤みや炎症をどれだけ長い時間防げるかを示すものですが、現状の最大値である50+でほぼ1日防げますから、これ以上数値を上げる必要はありません。実は、求められる技術には上限があるのです。

 ロフトワーク代表取締役の林千晶さん。「今はモノが成熟し、もはや技術では差別化できない時代になっています」