遠く離れた実家で、父が孤独死していた――。東京でフリーランスエディターをしている如月サラさんはある日、予想もしなかった知らせを受けます。如月さんは50代独身、ひとりっ子。葬儀、実家の片付け、相続に母の遠距離介護など、ショックに立ち尽くす間もなく突如直面することになった現実をひとりで切り抜けていく日々をリアルにつづります。

 冬、遠く離れた故郷で父がひとりで死んでいたのが見つかった。その前年の夏、熱中症で倒れて救急車で運ばれた母は認知症と診断され、専門病院に入院していた。父はそのわずか5カ月後に、するりとこの世に別れを告げてしまったのだ。

 それまで暮らした実家に戻ることはかなわず、母は高齢者施設に入居した。私は東京に暮らしながら、誰もいなくなった遠い故郷の一軒家を守っていかなくてはならなくなった。

 独身でフリーランスの私は、誰に相談することもできず、たったひとりで父の孤独死と母の急速な衰えを受け止め、無人になってしまった一軒家の管理、そして残されていた猫の飼育を引き受けることになった。

 ほんの数カ月で激変した環境に、もっとも付いていけなかったのは私の心だった。

納骨を終えてひとりになると、涙が止まらなくなった

 話は父が死んでいるのが見つかったときのことに遡る。

 複数の仕事先への連絡、私が飼っている猫たちを預ける手配、飛行機での故郷への移動、警察署への遺体の引き取り、葬儀会社との打ち合わせ、通夜、そして葬儀、火葬、納骨。次々に訪れるto doリストがかろうじて私の理性を保っていた。

 しばらくは近所に住む叔母やいとこなど誰かが付き添ってくれていたが、納骨が終わって解散し、実家に戻るとぽつんと取り残された。

 どんどん夕暮れが近づいてくる。コトリとも音がしない。電気をつける人もいないし、台所で食事の準備をする母の姿もなければ、つい1週間前までそこに座っていた父の椅子の前に、新聞やコーヒーカップや眼鏡や時計がそのまま置かれていることにようやく気が付いた。コーヒーは飲みさしだった。

 ああ、私はこの家にひとりになったんだ。

 初めて私の目から涙があふれ、次第にそれは止まらなくなった。自分がこんなふうに、ほえるように泣くなんてこれまで経験したことがなかった。

 悲しさ、不安、恐怖、自責。そして「高齢の親は死んで当たり前なのに、それくらいのことを受け止めきれないなんて」という恥の気持ちも大きかった。親が死んで悲しくて不安で号泣したなんて、誰にも言えないと思った。こんな涙なんて止まってしまえと自分に叫んだ。

 気丈に振る舞うことをよしとして生きてきた私は、悲しむ自分すら許せなかったのだ。

お盆に実家に帰ると、空高くユリが咲いていた。夏目漱石『夢十夜』の第一夜のように、父が会いに来てくれたのではないかと思った
お盆に実家に帰ると、空高くユリが咲いていた。夏目漱石『夢十夜』の第一夜のように、父が会いに来てくれたのではないかと思った