50歳を目前に男性から女性へ。心の声に突き従って「女性として生きていく」ことを選択した岡部鈴さん。大手企業の中間管理職として働きながら、自分らしく生きる道へと舵を切り、家族や友人、そして会社にもカミングアウト。働く人の約11人に1人はLGBT当事者だといわれる今、男性から女性へとスイッチした岡部さんが考えるダイバーシティとは? カミングアウトに至るまでの心境とその後の反響、そこから見えてきた景色を全3回でつづります。

8年前、「人生のちゃぶ台返し」を実行した私

 もし、会社であなたの隣に座っている男性上司が「明日からは、女性として生きていきます!」と全社員に向けてメールでカミングアウトしたら、どうしますか?

 年齢は40代後半、広告会社の総務部長。仕事ぶりはなんとか平均点、5人程度の部下と執行役員兼コーポレート局長の間に挟まれた典型的な中間管理職だった私は、今から8年前の2012年、当時勤めていた会社のすべての役員、社員およそ180人に向けて、全社一斉メールでトランスジェンダー女性(男性として生まれ、女性として生きていく人)であることをカミングアウトしたのです。

職場のパソコンから全社員に一斉メールを送信した(写真はイメージ)
職場のパソコンから全社員に一斉メールを送信した(写真はイメージ)

 自らの性自認を会社にカミングアウトすること――。そこには当然ながらリスクも含んでいます。会社をクビになるんじゃないだろうか? クビにならなくとも配置転換、降格、閑職への異動だってあるかもしれない。上司や同僚からは変な目で見られたり、陰で悪口を言われたりするかもしれない。

 じゃあ、なぜそんな無謀なことを、しかもセンセーショナルなやり方でと思われる方も多いでしょう。もちろん、私だって思い付きでそんなことをしたわけではありません。事前に友人、知人に相談もしましたし、カミングアウトの文章について、何日も前から何度も何度も練り直しました。

 そして、何度も迷った末の2012年9月21日、震える手でマウスを持ちながら私はメール送信ボタンを押したのです。

 あれから8年経った今、あの日のことを時々思い出します。あれは私にとって「人生のちゃぶ台返し」だったのかなと。