40代で初めての女装に挑戦

 知人に連れられ初めて足を踏み入れた新宿2丁目のゲイバー。最初は勝手に身構えたりもしましたが、そこで出会ったのは、フレンドリーな普通の人たち。お客もママもゲイというマイノリティーからくる連帯感もあってか、放送禁止用語満載のちょっぴり下品でコミカルな会話のキャッチボール。世間体という仮面を吹き飛ばしたコミュニケーションを目の当たりにして、ずっと心の奥底に沈めていた思いが次第に浮かび上がってくるのを感じたのです。

 ゲイは基本、女装しませんが、その店では時々誕生日やイベントなどで女装することがあります。ママが誕生日パーティで女装をするのをいいことに、私もどさくさに紛れて女装に挑戦したのです。

 そのときの写真を今見返すと、おっさんがカツラを被っただけの酷いものなのですが、当時の私は、今まで諦めていた遠くの世界がうっすら見えてきた気がしました。「ひょっとしたら女性になれるかもしれない」と。大いなる勘違いの始まりです。

「なりたい自分」を求めて深夜にメイクの練習を繰り返した(写真はイメージ)
「なりたい自分」を求めて深夜にメイクの練習を繰り返した(写真はイメージ)

どうやったら本物の女性のようになれるか?

 それからというもの、自分を抑えつけていた男の仮面が音を立てて崩れていくのを感じながら、必死で「なりたい自分」を探していました。レディース服や下着を買い、深夜にメイクを練習し、女装クラブに通って仲間を見つけ、街を歩き……女装という世界に完全にハマっていきました。

 どうやったら“本物の女性”のようにきれいになれるのか? その頃の私は「1ミリでもいいから女性に近づきたい」と毎日のように心の中で呟いていました。でも、メイクを落とし、服を脱いだら、そこにあるのは紛れもない男の体。すぐに限界があることを悟ります。

 女装を始めてまだ半年も経たないころ、女装の限界を知った私は、具体的に自分の体を変えていくことを考え始めました。ウィッグを使わなくて済むように髪を少しずつ伸ばし、ひげや体毛はレーザー脱毛、ジェンダークリニックに通って女性ホルモン注射を打ってもらうようにもなりました。

 他人から見たらこの奇妙な行動に、「恥ずかしい」「うしろめたい」という気持ちは特にありませんでした。いい年した大人がなぜこんなにも必死になって、一体何を求めているのか。自分でも不思議なほど、気持ちを抑えられなくなっていました。

 化粧をして女性の服を着ている時間は、私にとって、満たされ、心安らかに過ごせるひとときでした。ずっとこのままこうしていたい。その反面、メイクを落とし、男の自分に戻る時間は、夏休みの最終日のような暗い気持ちでした。