鍋の前にはつまみが欲しい。それでビールを飲みながら鍋への期待を高めるのだ。映画館で予告編を見ているときの感覚とちょっと似ている。
海に近いところで生まれ育った妻は、魚の品質と値段には敏感だ。サンヨネが誇る鮮魚売り場の前でも気を抜いたりはしない。今日はウマヅラハギとアジのどちらにしようかと10秒間ほど鋭い目で吟味し、アジに決定。さらにスルメイカを買って、僕が大好きな塩辛を作ってくれるらしい。
買い物が済んだら、二人の行きつけの喫茶店で一服
サンヨネでの買い物は15時ごろに終わった。家に帰るにはちょっと早過ぎる。駅前でコーヒーを飲んでいこうよ。
蒲郡駅前は商店街がさびれているけれど、根気よく探せばよき飲食店がちらほらとある。僕たちは「喫茶スロース」というコーヒーショップを愛用している。カウンターだけの小さな店で、自家焙煎(ばいせん)のコーヒーはおいしいし、多様な本が置いてあって自由に読める。
僕は持参した新書『日本の「中国人」社会』を読み、妻はお店の本棚にあった日中戦争関係の本を眺めた。店にいたのは1時間ほどだろうか。会話はほとんどしていない。でも、気まずくはない。夫婦はそれでいいのだと思う。