時間に追われる忙しい毎日も、仕事でうまくいかないことがあったときも、「あの人」のことを思えば頑張れる…。いくつになっても「好き」は私たちにポジティブなパワーを与えてくれます。何かと責任を負う場面が多くなった今のほうが、日常とは別の世界にいる誰かを愛で、夢中で追いかけるひとときがより尊さを増すのではないでしょうか。ARIA世代の女性たちが、大好きな「推し」への愛をたっぷりと語ります。

 ARIA世代が10代を過ごした1980年代から90年代は、ブームと言われるほど多くのバンドが誕生した。その先駆けとなったのが、81年にデビューしたパンクバンド、LAUGHIN’NOSE(ラフィンノーズ)。有頂天、THE WILLARDとともに「インディーズ御三家」と呼ばれ、圧倒的なライブパフォーマンスでメジャーシーンでも支持を集めた。結婚相談所を営む三田しのさんは、約30年の時を経て今、再びラフィンノーズに夢中になっている。

「10代で好きになったバンドと40代で再会できたことは幸せ。歌詞の意味で『今なら分かる』っていう感覚もいっぱいあります」と話す三田しのさん

多感な時期に両親が離婚 ラフィンの音楽が支えに

 最初の出会いは北海道で暮らしていた高校生時代。「当時、双子の弟が『宝島』っていうサブカルチャーの雑誌を毎月購読していて、インディーズ御三家のことがいつも載っていたんですね。それで私も宝島を読んだり、ラフィンノーズを聴いたりするようになりました」

 当時三田さんの両親は、別居の末に離婚。10代の多感な時期に親が争う様子を見るのはショックだった。「どこにも怒りの矛先を向けられない中で、ラフィンを聴くことが支えになっていたのかもしれません

 その後、高校を卒業して就職し、20代後半で結婚して大阪へ。なかなか子どもが授からず、結婚10年目に不妊治療の末に双子を出産した。仕事では、不妊で悩んでいたときに訪ねた占師にスカウト(!)され、自らも出産まで占師として活動。結婚できるかを見てほしいというお客が多かったことから、「占うより、結婚したい人に相手を紹介するほうが確実な解決法だ」と思い立ち、出産後に結婚相談所を起業した。

 プライベートでも仕事でも予想外の展開続きだった三田さん。40歳を過ぎ、子どもたちが幼稚園に入って少しだけ自分の時間が持てるようになったある日、ふと「そういえばラフィンノーズって、今どうしているんだろう?」という思いが頭に浮かんだ。