言葉選びや人物描写に自然と共感

 寄席に通い、いろんな落語家を聴くようになっても、塩田さんの一番は圧倒的に一之輔さんだ。

 「落語との本格的な出合いが一之輔さんだったので、ヒヨコが初めて見たものをお母さんだと思うように、後を追いかけているところはあると思います(笑)。でもやっぱり、私は一之輔さんの言葉選びや人物の描き方が好きなんですよね。

 例えばしみじみと落ち着いた噺でも『はい、泣いて!』みたいなこともなく、淡々と演じるんです。それでいてかわいげもある。片や吉原とか、ちょっと色っぽい噺のときはほとんど男子校のノリ。親近感も湧くし、自然に共感できるんです」

 落語は今や塩田さんの生活の一部。とはいえ、「これがあるから明日からまた頑張れる!」といった意識高い系の活力源では全くないのだという。

寄席は落語以外にもさまざまな芸能が楽しめるのが魅力。これは鈴本演芸場で紙切りの林家正楽さんに切ってもらった作品。「客席からの注文に即興で応えてくれるのですが、あちこちから声が上がるため、気の利いたことを言わないと選んでもらえません。そのとき上野の美術館に展示されていた『風神雷神!』と、頑張って叫びました」
寄席は落語以外にもさまざまな芸能が楽しめるのが魅力。これは鈴本演芸場で紙切りの林家正楽さんに切ってもらった作品。「客席からの注文に即興で応えてくれるのですが、あちこちから声が上がるため、気の利いたことを言わないと選んでもらえません。そのとき上野の美術館に展示されていた『風神雷神!』と、頑張って叫びました」

そそっかしい私でも「ここにいていいのかな」

 夫婦のたわいのないケンカ、大好きなお酒をやめたくてもやめられない……時代は違えど、落語で描かれるのはありふれた日常の中に垣間見える、人間の弱さやだらしなさだ。それは、少なからず誰もが抱えているものでもある。

 「落語には粗忽者の噺がたくさんあるんですけど、私も本当にそそっかしいんです。新聞は何より正確さが命なのに、ケアレスミスをやってしまうことがあると本当に落ち込みます。

 でも、落語の中では、普通に考えれば誰にも相手にされないようなダメ人間も笑って一日を終えている。そんな噺を聴きながら笑っていると、『しょうがないな、今日も一日無事に終わっただけでありがたい。明日は明日の風が吹くさ』っていう気持ちになれるんです。そそっかしい私でもここにいていいのかな、って許してもらえるような。

 それに、大好きなものがあると、自分のことも好きになれるんですよ。『落語が好き!』っていうのが一つのアイデンティティーになる。仕事以外に違う世界を持っていることの安心感もある気がします」

桜に祭、怪談や雨など、季節を映す噺が多い落語の世界。「落語は季節の先取りなので、寄席で『長屋の花見』などがかかりだすと『そろそろ桜が咲く頃だなあ』と感じます。一年を通じて、季節の移ろいを意識するようになりましたね」
桜に祭、怪談や雨など、季節を映す噺が多い落語の世界。「落語は季節の先取りなので、寄席で『長屋の花見』などがかかりだすと『そろそろ桜が咲く頃だなあ』と感じます。一年を通じて、季節の移ろいを意識するようになりましたね」