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ARIA世代 私の「働く使命」

凄腕バンカーが天職を得るまで お茶くみ入社からの躍進

UBS銀行東京第一営業本部部長 山崎直子「人と深く関わる」が私のブレない軸


入社15年目のアフリカ旅行で「支店長への道」と別れ

山崎 38歳の時にアフリカへ3週間旅行をしました。東から昇り、西へと沈む太陽を毎日見ていたら「私の人生って何なんだろう」という気持ちになって。ちょうど旅に行く前に「UBS銀行に転職しませんか」という話を頂いていたんです。「女性バンカーが必要。君はユニークだから、UBS銀行でも活躍できると思う」と。

 それまでは外資系への転職にちゅうちょしていたんですけど、帰国したら気持ちがガラリと変わり、帰国の3日後には上司に辞職を伝えました。そのまま勤め続ければ、少なくとも支店長までの道は約束されていました。だけど「何か違うなあ」という思いが拭えなくて。UBS銀行のほうが、その時に私がやりたいと思っていたことができると思ったんです。この転職が、二回目の大きな転機です。

―― 「やりたいこと」とはなんだったんですか。

山崎 まずはプライベートバンカーとしてお客様と深い関係を築くこと。信託銀行には異動がつきものなのですが、UBS銀行ならお客様が「NO」と言わない限りずっと担当を続けられるのです。お客様と長く深く関われるのは、何物にも代え難い魅力でした。新卒時の「人と関わりたい」という思いは一つの軸でしたが、その頃には出会った方の人生に「長く関わりたい」という思いが強くなっていました。今では、お客様のお嬢さんから離婚の相談を受けるくらい濃い関係性の方もいらっしゃいます。

 もう一つは、社会貢献活動。学生時代からずっと温めてきた思いです。UBS銀行の本社はヨーロッパ。ボランティアに対する意識が高いので、刺激を受けられるだろうと思いました。私は、人のために何かをすることで自分の力がみなぎってくるタイプ。とはいえ、最初は今ほどボランティアにのめり込むとは思ってもいませんでした。

「私が行かないで誰が被災地に行くんだ!」

―― なぜその思いが変わったのですか。

山崎 大きなきっかけになったのは2011年の東日本大震災です。「ずっと社会貢献活動への思いを抱えていた独り者の私が行かないで、いったい誰が支援に行くんだ」と。時が来た、と思ったんです。

 すぐに休暇を取り、リュックを背負って石巻に2週間行きました。ボランティア活動をしたら、思いの外、私の能力が活用できることが分かったんです。例えばコミュニケーション能力。もともと年配の方と話す機会が多い仕事ですから、5分とかからずに年配の被災者の方が困っていることを聞き出せたんです。「日本一忙しい支店」で培った臨機応変な対応能力も大いに役立ちました。

 本当のことを言うと……2011年は、仕事に対する意欲が下がっていたんです。「この先どうしようか」と考えている時に大変な震災が起きてしまった。被災地から戻り、社内の仲間とUBS銀行として震災の復興支援をどう行うか考え、企画・運営に関わるようになりました。私の思いが、会社の社会貢献に対する姿勢と一致していることに気付いたのです。「会社の予算と組織を使ってやりたいことが実現できるなんて素晴らしい!」と、もう、びっくりでした。しかし、そんな私に上司が強烈な一言を放ったんです。

47歳から、一番苦手だった「美」と向き合った。週3回のワークアウト、週10回のウォーキングを1年間自分に課して体を作り上げた。今年50歳を迎えるが、なんと「ノーファンデ」でこの肌の美しさ!
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