赤坂の雑居ビルの一角にある桃源郷のような「昼スナックひきだし」。紫乃ママの元に、今日は旧知の友人がひそかにご来店。真っ昼間からグラス片手に、特濃スナックトークが始まります。イノベーションを推進する型破りな上場企業の執行役員が抱えるモヤモヤと本音とは?

紫乃ママ いらっしゃい。あら、山田さん。スナックご来店は初めてじゃない?

山田仁志さん(以下、山田) 初めてです、お久しぶり。いい雰囲気だね~。

今日のふらっと来店客/山田仁志さん(仮名、55歳、既婚、子どもあり)
新卒で一部上場企業に入社。30代で7年間、海外に赴任して新規事業の立ち上げを経験。日本側責任者として奮闘するも、事業失敗を経験して失意の帰国。事業開発室、経営企画室を経て、2018年に研究部門の変革に取り組むイノベーション本部長(研究機能)に就任。2020年に執行役員への昇格と同じ時期に社会人大学院に入学し、イノベーションを生むためのマネジメントについて研究している。

なりたくて役員になったわけじゃない

紫乃ママ 執行役員になって2年目よね。就任したときは嫌だなんておっしゃってたけど、その後はどうですか?

山田 まあ、なりたくてなったわけじゃないからね。執行役員は会議が多いし、役員向けの研修にも出なくちゃいけなくて面倒くさいよ。研修で新しいことが学べるならいいけど、内容は20年前からアップデートされてないことが多いんだよね。

紫乃ママ 日本企業の役員研修はレベルの低い参加者に合わせているものも多いからね。それはすごく問題なのよね。

山田 研修担当者と事前面談があったんだけど、「山田さんみたいな人が役員になるなんて、許容力のある会社ですね」って言われたよ(笑)。

紫乃ママ あは、失礼なこと言いますね。役員のステレオタイプにハマってないんでしょうね。でも“山田さんみたいな人”が役員になったんだから、大いに暴れてほしいわ。山田さんは会社を変えられるパワーのある人だから絶対に会社を辞めないでほしいと思ってるんです。ストレートに「辞めないで」っていうと内向きになっちゃうから、「複業したら?」とか「大学院に行ったら?」とか、いつもこっそりけしかけてきたし。

山田 そうだったの? まんまと戦略にハマってるなあ。紫乃さんに「いろいろやったほうがいい」って焚(た)きつけられたのもあって去年から大学院に通い始めたけど、これがすごく楽しいんだよね。

紫乃ママ 役員になると、キャリアにバッテンをつけたくなくて、会社の中のことだけを考えるようになる人が多いじゃない? そんな中でさ、大企業のいい年した執行役員がイチ学生として学び直すなんてすごいと思うんですよ。しかも自腹でね。サラリーマン的には役員になれば「上がり」だと思っている人が多いけど、本来はそうじゃないはず。役員は会社を変えていくのが役目ですよね。

「出世のみの価値観に関心がない」とぼやきつつも前向きなパワーみなぎる山田さん。「こんな執行役員が自分の会社にいたら面白そう!」とは、隣に座っていた常連客
「出世のみの価値観に関心がない」とぼやきつつも前向きなパワーみなぎる山田さん。「こんな執行役員が自分の会社にいたら面白そう!」とは、隣に座っていた常連客

山田 そんなかっこいいモチベーションで大学院に行き始めたわけじゃないけどね。目的はシンプルで、新しいことをしたい、新しい視点を獲得したいのが1つ。もう1つは自分がイノベーション本部長になったとき3年先の戦略や組織運営の方向性に自信が持てる感じがしなかった。本はたくさん読んだけど、その背後にある理論のしっかりした理解がないと部下に話したとき説得力というか、重みがないなと思って。それでいろいろ調べてみたら、社会人でも学べるイノベーション研究の大学院があるのを見つけたんだよ。

紫乃ママ そこが「まとも」。山田さんは健全な危機感があるよね。大学院に通い始めたことについて、会社の人たちの反応はどうでした?

山田 会社には言ってないよ。

紫乃ママ え? なんで言ってないの?