赤坂の雑居ビルの一角にある桃源郷のような「昼スナックひきだし」。紫乃ママの元に、今日は52歳で初めて昇進したという大手メーカー勤務の女性がご来店。真っ昼間からグラス片手に、特濃スナックトークが始まります。

紫乃ママ いらっしゃい。あらお久しぶり。

浩子 ママ、聞いてください。今年の4月、勤続30年目にして初めて昇進しました!

今日のふらっと来店客/川田浩子さん(仮名、52歳、未婚)
新卒で大手メーカーに一般職で入社。3年目に会社の方針転換で総合職に。さまざまな部署を経験しつつ、部署の統合や廃止を何度も経験。30代で出向した会社が本社に統合され復社。35歳で「リストラ部屋」を経験。何とか生き延びながら40歳で再び出向。45歳で復社し、海外事業部へ。大企業の底辺をさまよいながらも勤続30年目にして初めて主任に昇進

異動、部署統合、出向。細か過ぎて見えない職務経歴書

紫乃ママ おお、おめでとう! 良かったね。

浩子 この年にしてようやく主任になりました。でも、今さら恥ずかしくて周りには話してないですけどね。取り消されるかもしれないから、お祝いも6月までお預けです。

「昇進を報告したのは紫乃ママと、お世話になった会社の先輩だけです」と自嘲気味にグラスを傾ける浩子さん
「昇進を報告したのは紫乃ママと、お世話になった会社の先輩だけです」と自嘲気味にグラスを傾ける浩子さん

紫乃ママ 何よ、それ~(笑)。でも、やっぱりあのとき会社を辞めなくてよかったね。

浩子 2年前、「私、会社を辞めたほうがいいですよね?」ってここに相談に来ましたよね。本当は自分でも会社を辞めてもダメなのは分かっていました。だって社内でも行き場がないのに、辞めてどうにかなるはずないもの。

紫乃ママ 出た! 地をはう自己肯定感。あのときもドMモードだったわ。よく覚えてる。

浩子 「こんなに仕事が雑な人は見たことがない」とか、「人の仕事を増やしているだけ」とか、「アメリカなら3カ月でクビだ」とか。これまでさんざん言われてきましたから。リストラされかけても辞めずにしがみついてきたけど、異動、部署の統合、度重なる出向……細か過ぎて見えない私の職務経歴書。海の底を流れ流れて、ここまで来たって感じです。

紫乃ママ まあまあ、本当にダメならあらゆる手を使って会社を辞めさせられているでしょ。浩子さんは自己評価が低過ぎるし、ネガティブワードだけを集め過ぎ。いいことだって言われてるはずなのにさあ。私から見れば、会社に翻弄された30年ですよ。だから2年前も、周りのお客さんと全力で退職を止めたのよね。私だってたまには「辞めないほうがいい」って言うこともある。それに、辞めて何かやりたいことがあるわけじゃなかったしね。

浩子 そう、本心では一度も会社を辞めたいと思ったことがない。それが問題なのかもしれませんけど。

紫乃ママ まあまあ、それで今回はどうして昇進できたの?