桃源郷のような「昼スナックひきだし」。店舗は赤坂に移転し、『昼スナックママが教える 45歳からの「やりたくないこと」をやめる勇気』を出版するなど、ますますパワーアップした紫乃ママの元に、今日はなんとスペシャルゲスト・澤円さんがご来店! 「やめる」ことに一家言ある2人がゆるゆると語ります。

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紫乃ママ いらっしゃい。あら澤さん、お久しぶり!

澤円さん(以下、敬称略) どうもどうも。『45歳からの「やりたくないこと」をやめる勇気』、 紫乃さんは優しいね〜って思いながら読みましたよ。あ、ハイボールください。

澤 円(さわ・まどか)
澤 円(さわ・まどか)
圓窓代表取締役/立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT系子会社を経て1997年に日本マイクロソフトに入社。コンサルタント、プリセールスSEなどを経て業務執行役員、テクノロジーセンター長に。在職中からプレゼンの名手として知られる。2020年に23年間勤めた会社を退職し、起業。著書に『個人力』(プレジデント社)など

28年間のサラリーマン生活から卒業しました!

紫乃ママ うわ、読んでくださったんですね! うれしい。はい、ハイボール。澤さん、2020年に会社を辞めたんですってね。

澤円 そうなんです。でも、突然に辞めたって言うわけじゃなくて、僕の中ではけっこう時間をかけて辞めたという感じかな。最初の会社に5年、日本マイクロソフトに転職して23年、サラリーマン歴計28年。最後のほうは、正確に言うと半分は辞めている状態で在籍してたから(笑)。

紫乃ママ そうよね。会社員時代から個人のお名前でバリバリ活躍されていたから、マイクロソフト社の業務委託で働いているのかと思っていたくらい。

澤円 こう見えても社畜でした。あ、もちろん冗談です。サラリーマン時代の僕は「何者でもない」時期がずっと長かった。でも、気づくと人を勇気付けているな、と感じることが多くなって。40歳前後から「(人を)勇気付けている自分」が僕の「Being(ありたい姿)」に近いなと気づいたんです。

 それで、本業以外のアウトプットを多めにしようと思い始めたんです。そう決めると、社外セミナーの講師やWeb連載の依頼が来始めて、いろいろなことが一気に回り始めましたね。でもね、最初からお金になっていたわけじゃなくて。初めてやった社外での講演の報酬は、手作りのケーキでしたよ(笑)。

紫乃ママ 手作りケーキ! それ最高ですね。

 あるとき、大学でゲスト講義したときに、学生から「澤さんのセカンドキャリアは何ですか?」って聞かれたんだよね。そこから、「そうか、大学の先生はありかも」と考え始めた。そうしたら、その翌年に大学の客員教授のポストを依頼されることになり、今度は周りから「教授になるなら著書を出したほうがいいですよ」とアドバイスされたんです。

 それで知り合いの編集者に聞いたら、「出版社に企画を持ち込むのは、ウケが良くないから、まず何かを別の媒体で書いてみたほうがいい。Webで連載なんかをしていると、そのアウトプットに価値があると分かったらすぐ出版依頼がくるから」って言われたんですよ。それでプレゼンテーションに関する連載をWebで書き始めたら3カ月で出版が決まったってわけ。

 それから執筆やイベントの依頼が増えていって、相対的に会社員としての割合が小さくなっていったんだよね。外で仕事するときは肩書から会社名や役職も外していたから、会社に属しているメリットが徐々になくなっていったんだよね。

紫乃ママ 点をつなぎ合わせていったら自然に個人としての活躍の場が増えていったんですね。2020年のコロナ禍のタイミングで辞めたのは、何かきっかけがあったんです?

澤さんは、今日が記念すべき「スナックひきだし」初来店! スマートにボトルキープをしていました
澤さんは、今日が記念すべき「スナックひきだし」初来店! スマートにボトルキープをしていました