いざというときは、人に甘えて生き延びてほしい
棚やテーブルには上がらず、壁や家具で爪とぎもしない。飼い主を困らせるような悪さもせず、クールでお行儀のいい白猫2匹と、大人婚の二人。ほどよい距離感で信頼し合う家族の関係は、「みんなで共同生活をしている感じ」と三井さん。シロくんと夢子ちゃんが唯一、三井さんたちにすり寄ってくるのはご飯のときで、これはそうするよう教えたのだといいます。
三井さんの両親は岩手県の大船渡で暮らしていて、東日本大震災で被災。両親は無事でしたが、家は津波で流されました。当時、三井さんは仕事が一区切りするのを機に台湾へ語学留学をしようと東京の住まいを整理。大切なものは実家に送り、届いたのが震災当日の午前中で、直後にすべて失うことになりました。
「私は静岡県出身で、小学生の頃から防災教育を当たり前のように受けていたのに加え、そういう経験もあって、いざというときのことを考えるようになりました。災害が起こったときに、シロや夢子は性格上、すっとつかまえて一緒に避難できるような子じゃない。だからバラバラに逃げることを想定して、首輪には名前を書いてあるし、ご飯の前には防災用の笛を吹いて、『この音が聞こえたらご飯がもらえる』ということも教え込んでいます。そうすることで、行方が分からなくなったとき、私じゃなくても誰かに託して吹いてもらえばその音で出てくるかもしれないですから」
離れ離れになっても、再会できるまでちゃんと生き延びるんだよ、ご飯をくれる人にはすりすりしてちゃんと甘えるんだよ……。三井さんはいつも2匹にそう言い聞かせています。「でも実際に避難しなきゃいけなくなったら、意外に2匹とも『さあ、連れて行ってください!』とキャリーバッグにさっと入ってくれるんじゃないかなって、ちょっと思っているんです」
取材・文/谷口絵美(日経ARIA編集部) 写真/鈴木愛子