「人」ではなく「猫」の家族として大切にしたい

 「以前飼っていた猫の最期で、すごく悔いが残っていることがあります。急性腎盂炎(じんうえん)になって、病院で『もう駄目かも』という時に、家に連れて帰ることを選びました。でも、金曜の夜に帰って日曜の朝に死ぬまでずっと苦しみ続けていたんですね。こんなにつらい思いをさせるなら、どうして安楽死を選んであげなかったんだろうか、と何度も考えました。

 猫たちが病気になったらもちろんできる治療はしたいし、トイレ代とご飯代、医療費だけは困らないようにしてあげたい。だけど、治らなくてつらい思いをしているとき、そこは逆に人間ではないのだから、楽にしてあげることも考える余地を持とうと。家族だけど、『人』ではなく『猫』の家族。そう夫と話し合っています

お気に入りの時間

(写真上)夜は3匹それぞれが決まった場所で寝る。奥村さんのベッドの上はペトロくんの指定席(写真下)窓際のソファで読書をしていると、自然と猫たちが近くに寄ってくる。猫と人、お互い付かず離れずの距離感が心地いい(ちなみに後ろの本棚は奥村さんのお手製!)
(写真上)夜は3匹それぞれが決まった場所で寝る。奥村さんのベッドの上はペトロくんの指定席(写真下)窓際のソファで読書をしていると、自然と猫たちが近くに寄ってくる。猫と人、お互い付かず離れずの距離感が心地いい(ちなみに後ろの本棚は奥村さんのお手製!)