アラスカ州第2の都市、フェアバンクスの空港から約100㎞。ヘラジカやビーバーが横切ることもある一本道を1時間以上走った先に、北米最大の露天風呂とオーロラ観光スポットとして知られる「チナ温泉リゾート」は位置する。アジア担当セールスマネジャーとしてリゾートの経営を支える時田雅子さん(45)は、中学1年生の娘を育てるシングルマザーでもある。なぜアラスカで働くことになったのかなど、時田さんのこれまでの人生を取材した。

勤めていた旅行会社、テロとSARSで経営難に

 時田さんが初めてアラスカを訪れたのは2003年。チナ温泉リゾートのインターンとしてだった。

 早稲田大学卒業後に1度の転職を経て旅行会社に勤務していたが、アメリカ同時多発テロと重症急性呼吸器症候群SARS(サーズ)流行が直撃し、海外旅行を主力としていた時田さんの勤務先は2003年に経営破綻した。旅行業界での再就職を目指し、求人サイトを見ていたときにたまたま目にしたのが、チナ温泉リゾートのインターンの募集だった。

 もともとアラスカ州政府が運営していたチナ温泉リゾートは、1998年に現地の起業家に譲渡された。当時は電気も通っておらず、施設の老朽化も激しかったが、1999年に従業員として加わった日本人の森茂雄さん(60)が、日本風の露天風呂を作ったり、日本の旅行会社にアピールしたりして、少しずつ日本人旅行者が訪れるようになった。広大なリゾート内には宿泊施設、温泉施設、オーロラ観測所、レストランなど多くの施設が点在する。森さん1人では日本人対応が間に合わなくなり、リゾートは日本人インターンを採用することを決めたのだった。

フェアバンクスのチナ温泉リゾートで、アジア地域のマーケティングやセールスを統括する時田雅子さん

家事と育児に専念する生活に自問自答

 時田さんは当時のことを「私は父の仕事の都合で、中高時代をドイツで過ごしました。だから外国生活へのハードルは低かったですが、アラスカのイメージはホッキョクグマくらいしかなかったですね。1~2年間のインターンだし、わりと軽い気持ちで応募しました」と振り返る。

 2003年9月からの約1年半、チナ温泉リゾートで日本人対応の仕事をしている間に、同じくアラスカで働いていた日本人男性と知り合い交際を始めた。2005年3月にインターンを終え帰国。ほぼ同時期に結婚し、娘が生まれた。時田さんは夫が働く北海道の小さな町に移り住み、家事と育児に専念することになった。

 「自宅は交通不便な場所で、娘の預け先もすぐには見つかりませんでした。それまでの自由な生活から一変し、このままでいいのかなと絶えず考えていましたね……

 そんなある日、北海道からフェアバンクスへチャーター便が飛ぶというニュースを耳にした。

 チナ温泉リゾートのオーナーらの営業活動もあり、日本航空は2004年、日本とフェアバンクスのチャーター便をオーロラシーズンに飛ばし始めた。通常アラスカに行くにはシアトルでの乗り継ぎが必要で、15時間以上かかるが、直行のチャーター便なら7時間に短縮される。2009年には北海道からもチャーター便が出ることになったのだ。