日本を代表する映画監督であり、ドキュメンタリストでもある河瀨直美監督が描く作品には、必ずハッとさせられる瞬間がある。それは彼女が、常に現実味がありすぎるほどの“リアリティ”を追求しているからにほかならない。撮影現場で河瀨監督はいったい何を「見て」いるのか。作品づくりにおいて大切にしていることを伺った。

そこにリアリティが見えるのはすべてが“本物”だからこそ。

 「ドキュメンタリストは常に予測を立てていくことが必要なんですよ」と、河瀨直美監督は語る。彼女が撮り続けるのは、圧倒的な“リアリティ”が宿る作品。ドキュメンタリー作品の中では当然かもしれないが、彼女が撮ると、たとえフィクションであっても、そこで繰り広げられる物語には一瞬たりとも嘘がない。まるで隣の家を覗き見しているような、徹底した“日常の延長”が存在している。どうやってその世界を生み出しているのか――。冒頭の“予測を立てる”というキーワードを深掘りするべく、伺った。

河瀨直美さん
河瀨直美さん
映画監督。故郷・奈良を拠点に映画をつくり続け、一貫した「リアリティ」の追求は、カンヌ映画祭をはじめ、世界各国で高い評価を受ける。代表作は『萌の朱雀』『殯の森』『2つ目の窓』『あん』『光』など。奈良で立ち上げ、後進の育成に力を入れる「なら国際映画祭」は、今年9月18~22日に第6回目を開催予定。最新作『朝が来る』は近日公開。東京2020オリンピック競技大会公式映画監督

 「私の現場では撮影に入るもっと前から、俳優さんたちに役柄として実際に“生活”をしてもらうようにしています。うちの助監督たちは『河瀨メソッド』なんて呼んでいますが(笑)、単純にセットを組んで、はい、役者さんそこに入ってください、と場を用意するのではなく、彼らに“役を積んで”もらうようにしています。それはすなわち、役を生きるということ。だから撮影は常に順撮りです」

 順撮りとは、ストーリーの順番どおりに撮影をしていくということ。通常、撮影は俳優のスケジュールやロケ地の都合に左右されるため、クランクインが映画のラストシーンからということも少なくない。しかし、河瀨組でそれはあり得ない。

 「最新作の映画『朝が来る』では、夫婦役の永作博美さんと井浦新さんには恋人時代のシーンがあったので、撮影はそこからスタート。一方で、奈良の中学生を演じた蒔田彩珠さんには、実際に地元の中学校に通ってもらい、部活動にも参加し、授業も受けてもらいました」

 脚本に書かれていないエピソードを監督が自らメモに書きとめ、現場で俳優たちに手渡すこともあるという。順撮りにこだわるのも、俳優たちに実際の生活を送らせるのも、脚本にないエピソードを突然挟み込むのも、すべては役を生きる俳優たちのリアルな表情を狙うため。それらを組み立ててひとつのストーリーへと集結させる河瀨監督の頭の中には、さまざまな視点が同時多発的に存在しているのだろう。

 「最初に“ドキュメンタリストは常に予測を立てることが必要”とお話ししましたが、私の場合は、フィクションの場合も少し先を見通すようにしています。フィクションだって、ときに何が起こるか分からない。すべてを偶然に委ねてしまうと、必要なときに一歩を踏み出すことができません。すると、カメラを置いておくべきだった場所に置けなかった、ということが起こってしまうわけです。今日はこのショットを撮る、というプランニングはもちろん完璧にしておきますが、あらゆる状況に対応していかないと、必要なときに必要な何かを見失ってしまうので」

「つい最近購入した」というビデオカメラ。「このコンパクトさで、4K動画まで撮影できる優れもの。ドキュメンタリーの現場では身軽さも大事。スタッフを連れていけない、私しか入れない場所もあるので、これひとつを片手にどこにでも行って撮影します」<br><span class="fontSizeXS">ワンピース 12万円/ペセリコ(ウールン商会) ピアス/スタイリスト私物</span>
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