「囃されたら、踊れ」の精神で

奈々福 いつというのではなく、長い道のりの中で決めたことですね。編集者を辞める4、5年前から浪曲で一本立ちをする時期を見計らってはいました。編集の仕事はやりきった感があったのですが、浪曲はまだやりたいことがあったし、一本に絞ったらどこまでいけるのか挑戦したい気持ちになってきたんです。同時に、もう兼業は体が無理でした。でも師匠が「浪曲師のギャラが編集者の年収に追いついて3年経つまで辞めるな」と言っていたので、躊躇(ちゅうちょ)していました。筑摩書房の給料は安かったけれど(笑)、浪曲の稼ぎでは到底……。

 寝る暇もない状況の私を見かねて、うちの母が……年金をもらっている母がですよ。「会社をやめなさい。何とかなるわよ!」と言い放ったんです。私の体を心配してくれたんですね。私が中学で演劇部に入った時に、「そんなみっともないことをやるな」と怒った母がそんなことを言い出すとは思ってもいませんでした。

 セルフプロデュースを始めて16年になります。立川談志師匠の口ぐせじゃないですが、今年は「囃(はや)されたら、踊れ」の精神で、自分でなんでも決めるのではなく、人が担いでくれる神輿になってみようと、いろいろなことにチャレンジしています。歌手デビューもしましたし、2020年の新春は1カ月近くお芝居に出演します。入門25周年を記念して銀座の能楽堂で公演も行います。今まで浪曲を聞いたことのない人にも知ってもらいたい。浪曲が一人でも多くの人に届けばいいな、と思って。

取材・文/金丸裕子 写真/洞澤佐智子

玉川奈々福(たまがわ ななふく)
浪曲師
玉川奈々福(たまがわ ななふく) 1964年、神奈川県生まれ。20年に及ぶ出版社の編集者と浪曲師との二足のわらじ生活を経て2014年、浪曲師として一本立ちする。さまざまな浪曲イベントをプロデュースするほか、自作の新作浪曲や長編浪曲も手がけ、異ジャンルの芸能・音楽との交流を行う。第11回伊丹十三賞を受賞。メジャーデビューシングル『刀剣歌謡浪曲「舞いよ舞え」/恋々芝居/銭形平次捕物控・玉川奈々福殺人事件』が発売中。