大震災後の心の痛み…卒業式のスピーチで

秋吉 2011年3月に、東日本大震災があったときです。自分で言うのもナンですが、私、よくも悪くも感受性が強いんですね。表舞台に立つときは気丈に笑顔を見せなくちゃいけないのに、震災から間もないうちは、泣きそうになることがありました。

 例えば、地元・福島の友人に頼まれて、ある学校の卒業式でスピーチをしたとき。「キミが来てくれたら、子どもも大人もみんな喜ぶから」と言われても、心が痛み、なんとスピーチすればよいのか……。そういうときに芦田先生のことを思い出して、先生の服をまとうと、心と体がシャンとしたんです。まるで彫刻の土台の針金のように、しっかりとした芯ができる感じ。心を、馬上の騎士のようにさせてくれました。その後、消費者庁から復興支援の大使に任命されて、公的な場に出るたび先生の服に助けられました。

「福島の学校の卒業式でスピーチをしたとき、この場では私がしっかりして、笑顔でいなくちゃいけない、ということを先生の服が教えてくれた。弱気にならならいように助けてくれました」
「福島の学校の卒業式でスピーチをしたとき、この場では私がしっかりして、笑顔でいなくちゃいけない、ということを先生の服が教えてくれた。弱気にならならいように助けてくれました」

―― 十数年前に芦田さんと出会う以前は、芦田さんデザインの服を着たことがなかったんですか?

秋吉 ええ、残念ながら。芦田先生の服は宮内庁御用達で、当時皇后だった上皇后美智子さまが着られていたことから、自分には手の届かない格式高いイメージがあったんです。

 初めて着たのは50代になってから。先生の服は、着ている人に力を与えてくれるんです。その力の大きさにびっくりしました。明らかに、他のブランドの服では得られない感覚で、着心地のよさも群を抜いています。