人生のピンチに陥ったときに、局面を打開するきっかけになった「逆転の一冊」を聞くリレー連載。第6回は東京新聞の記者・望月衣塑子さんです。権力と対峙し続ける望月さんの記者としての姿勢に影響を与えた一冊とは?

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東京新聞・望月衣塑子 失恋、母の死…悲しみ脱した一冊


この世に生かされている意味に「気づく」

―― 望月さんの人生の「常備薬」的存在となった『「道(タオ)」の教え―無為自然に生きる』(島田明徳著、PHP研究所)。そしてもう一冊、望月さんの人生を語るうえで欠くことのできない本があるそうですね。

望月衣塑子さん(以下、敬称略) はい。私の人生、そして現在の新聞記者としての姿勢に大きな影響を与えた、神谷美恵子さんの『生きがいについて』(みすず書房)です。初めて読んだのは、大学生の頃でした。

手にするのは、学生時代の失恋や母の死など、悲しみに暮れたときに手に取る『「道(タオ)」の教え―無為自然に生きる』
手にするのは、学生時代の失恋や母の死など、悲しみに暮れたときに手に取る『「道(タオ)」の教え―無為自然に生きる』

望月 ハンセン病患者と出会い、精神科医として自分の人生をここにささげようと決めて生きた、神谷さんの生き方にまず感銘を受けました。日々患者さんたちと向かい合い、彼らが苦しみや絶望の中にも、希望を見いだし生きていこうとする様を見つめ、その心の変化を見つめていく。

 マザー・テレサも、身寄りのない人たちや病気に苦しむ人たちの中にこそ、神がいるというようなことを言っていましたが、神谷さんもまた、患者さんたちの心の動きを見つめていく中で、「生きることとは何か」という根本に触れていく。自分自身もまた、いろいろなものに支えられ生かされているのだということに気づいていく。それはまるで瞑想者がある日突然、覚醒するかのような気付きです。

自分の原点を思い出させてくれる一冊

 神谷さんのその気付きの過程は、私が子どもの頃から触れていた、島田先生の教えにもとても重なるものでした。瞑想で気づきを得るために、山に籠もって修行をする必要などない。日々、社会の一員としてさまざまな人と出会い、暮らしていく中で「自分とは何者なのか」を発見し、社会の中で「自分が生かされている」ことに気づくことこそが、大事なのだということ。

 社会にもまれていく中で、自分というものを外側から価値付けられることも増えていくわけですが、お金や名誉、他人からの評価など、他者から与えられる定義や価値付けに、惑わされる必要はないのだということも教えられました。その人の生きている価値は、その人自身の中にあるのだから、と。

 コンプレックスを抱えて、日々、ああなりたい、こうなりたいと悩み、そうなれない自分に葛藤していたけれど、そこにとらわれる必要はないのだということを教えてもらった。自分が生きている、生かされていることの意味を考え、探していたころの自分……。そんな原点を問い直してくれる本だと思います。