―― あんなにつらく、理不尽な体験をしたのにたったの30秒ですか!
村木 そう、30秒くらい。当時、自分の感情をかなり抑制していて、悲しいとか、悔しいという思いをぎゅっと抑えて出さないようにしていました。そのこと自体はあまり体にいいことではないですが、そうやって自分が崩れないように感情を抑えられていたのは、本の存在が大きかったです。
―― なるほど。では、ARIA世代におすすめの本のジャンルはありますか?
村木 ARIA世代にオススメなのは、いろんなことを忘れて没頭できるミステリーです。自分に起きたことを反すうすると傷口を何度でも開きかねない。少し違う角度から、一種の好奇心を持って自分を振り返れるようになると、傷は癒えていくと聞きます。
私は拘置所で本を読み続けていたことで、傷口が繰り返し開くのをブロックできた。特に推理小説がよかったんです。もともとミステリー好きなのですが、ミステリーは頭の中を謎解きのことだけでいっぱいにできますから。ミステリー以外の小説だと、読みながら頭の半分では別のことを考えてしまう。
部下を管理しないこと。リーダーも気分転換をすること
―― 厚生労働事務次官として定年まで勤め上げた村木さんが目指すべきリーダー像とはどんなものでしたか?
村木 今となって思うのは、目指すべきリーダー像なんて気にしないでいいのかもしれない、ということです。それよりは、リーダー自身が気分転換をうまくすることのほうが大事であるよう思います。
仕事ばかりで余裕がなくなると、一生懸命に部下を「管理」したくなるんですよね。それを始めてしまうと、仕事はうまくいかなくなる。仕事の管理はするべきですが、部下という人間は管理しなくていい。結局、リーダーの仕事というのは、宗方コーチのように、部下が自ら仕事を楽しめるようにすることなのかなと思います。もちろん、仕事は楽しいことだけではないけれど、前向きに取り組めるようにすることが役割なのかなと。
そうするためにも、リーダーは仕事の世界だけに閉じこもらないほうがいい。趣味の時間を持ったり、家族との時間を大事にしたり。それこそ、読書もいいと思います。『エースをねらえ!』にも「完璧な集中と完全なリラックスとはだき合わせのもの」と書かれています。うまく気分転換をして、気持ちに余白を持てるリーダーが、部下を正しい方向に導くのではないかなと思います。
「若草プロジェクト」呼びかけ人、元厚生労働事務次官
取材・文/松田亜子 写真/洞澤佐智子