人生における「逆転の一冊」を聞くリレー連載。今回は大江千里さんの虎の子の一冊です。1990年代に『格好悪いふられ方』『Rain』『十人十色』などのヒット曲を連発。俳優や司会者としても活躍していた大江さんは、47歳で全活動をストップしてジャズの名門大学に留学しました。現在はジャズピアニストとして活躍する大江さんを奮い立たせる一冊の本とは?

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手放したからこそ、手の中にあるものに気づいた

―― 前回、逆転の一冊として『太平洋ひとりぼっち』(堀江謙一著/舵社)を挙げてくれました。47歳ですべての仕事をストップして渡米、4年半の音楽大学生活を終えた52歳のときに自らレコード会社を立ち上げ、CEOに就任。大江さんは定期的に「太平洋ひとりぼっち」な状況を作り出していますね。

大江千里さん(以下、敬称略) そういうところはあるかもしれません。もちろん、音楽大学を卒業したときに、僕がジャズで食べていけるなんて思っていませんでした。だけど、就労ビザを申請することになり、弁護士さんに「グリーンカード(永住権)を取得できる可能性がある」と言われたんですよね。

 僕は、物事を決断するときに自分の中に反対意見の人間を作り出すんです。「もし失敗したらどうするよ?」「やめたほうがいいよ」と何度ネガティブな意見を提示しても、このときはなんだか、わくわくが止まらなかった。きっと太平洋にこぎ出すことを決めた堀江さんも同じ気持ちだったんじゃないかな。

 誰かにお膳立てしてもらい、調音された楽器を用意してもらうことに慣れていた自分が、手配からCDの発送からすべて、自分でやる生活です。いまだにすっとんきょうなことをやってるところもありますが、一定の契約期間でマネジャー、PR、プロモーションなどプロと契約してチームで回していく心強さ、そして一人の良さ。両方を楽しめています。

 アメリカに来るときにも、それまで持っていた膨大な数のCD、服、家具、車、バイク……手荷物とピアノ以外は、ほぼ全部手放しました。ごそっと捨てて、「いやー、捨てちゃったんだな」と思ったとき、本当に大切なものは手の中に一つ、すでに持っていることに気づいたんです。それまでは欲しいものは漠然として、ぼやっとして見えづらかった。本当は全部、持っていたんです。

 でも、それも逆転の法則で、シンプルにならないと見えなかったんですね。ものを捨てたときに、自分は多くのものを欲しいわけじゃなかったことが分かった。この「大切なもの」さえ一つあれば、どんなこともキラキラさせられる力を僕はすでに持っているんだ、ということに気づきました。

「今は『ローガン(老眼)ズ』になったので、見るもの全部がにじんで、美しく見える。これは神様のギフトだと思っています」
「今は『ローガン(老眼)ズ』になったので、見るもの全部がにじんで、美しく見える。これは神様のギフトだと思っています」

―― そもそも大江さんにとって、「創る」ことの原点はどこにあるのでしょうか。

大江 僕、10代の頃、陸奥A子さんの漫画が大好きだったんですね。漫画は僕が『りぼん』を、妹が『週刊少年チャンピオン』を買ってお互いに交換してました。陸奥A子さんの漫画の抜け感が好きで、短編の長さの寓話(ぐうわ)とポップスの3分間の長さが似てるんです。ポップスでそういう世界を創りたい、と思っていました。