エゴを取り去ったら、好きなものに対して素直になれた

―― 『太平洋ひとりぼっち』は航海日誌です。大江さんも、日々、波に揺られながら目的地を目指す中、追い風に乗れない、と悩むときもたくさんあったのでしょうか。

大江 留学中、僕は「こんなに頑張っているのに、ジャズに認めてもらえない」という思いを、長いこと抱えていたように思います。ジャズを学ぶ、と決めたとき、僕はポップスはもう書かない、聴かないって封印して、引き出しにしまったんです。ポップスの血を消し、ジャズに入れ替え、生まれ変わらなければ、と頑張りました。

 でも、授業で曲を書く機会があり、好きだから自分なりに習ったジャズの公式にポップスでやってきた書き方を当てはめて曲を書いて持って行くと、クラスが沸き立つ。ジャズシンガー希望の女の子なんかがみんな踊り出したりして。やっぱりどんな形であれ曲を書きたい。好きなことをしまっている自分に違和感を持ち始めました。

「この本を読んだ中学生の頃は、僕は身近な夢に向かって全身全霊を傾けるだろうなんて思っていたけど、大人になって気がついたら、ジャズという壮大な夢に向かっていました」
「この本を読んだ中学生の頃は、僕は身近な夢に向かって全身全霊を傾けるだろうなんて思っていたけど、大人になって気がついたら、ジャズという壮大な夢に向かっていました」

大江 2018年に出したアルバム『Boys & Girls』では、ポップス歌手時代の曲をジャズにアレンジしてみた。そうやって改めてポップス時代の曲に光を当てたことによって、引き出しから出して天日干ししたみたいに、自分自身の本質、持ち味がようやく見えてきたんです。

 ポップスとジャズが自分の中で手をつないで「なんだ、同じ音楽じゃん。人間ってそう簡単に変われるもんじゃない」。ジャズ、ジャズ、ジャズプレーヤーになりたい、とこだわらなくなった途端に、ローマで、アルバニアで、演奏するとスタンディングオベーションをいただけるようになった。

 そんな「どっきりカメラかな」と思うような予想外の展開になったときに、申し訳ないようなうれしいような気持ちになるんです。きっと僕自身が本来好きなジャズに素直になれたからなんだろうな、と思いますが。