中学生の自分と今の自分は、ずっと併走してきたのかな

―― 留学生活をつづった著書には、「あなたにはポップスが骨まで身についてしまっているから、それを超えるくらいジャズのノリを身につける必要がある」と教師に言われたり、ジャズの基本中の基本であるコード進行を知らないことに愕然(がくぜん)としたり、練習のしすぎで肩から指の感覚がまひしたり、とあり、読んでいて本当にハラハラしました。

大江 もちろん、大変なこともたくさんありました。「よしっ!」って気合入れないと教室に「Hello」って入っていけないような日もあった。でも、いいこともいっぱいあって、あのときに教室でともに学んだクラスメートは今も世界中でつながっていて、宝物のような存在になっている。同じ釜の飯を食った、タカラジェンヌの同期生に近い感じかな(笑)。

―― そんな大江さんが「逆転の一冊」として選んだのが『太平洋ひとりぼっち』(堀江謙一著/舵社)。日本人初の単独太平洋横断に成功した堀江謙一さんの航海日誌です。

大江 全身全霊、曇りのない強い気持ちを持ち続ける。そんな揺るがない思いが粒子のように詰まった本です。僕、この本で中学生のときに読書感想文コンクールで金賞をいただいたんですよ。「3年A組大江千里 太平洋ひとりぼっちを読んで」。文末は、「もう僕はひとりぼっちじゃない」みたいな感じで。このときからこいつは本当にどうしようもない夢見る夢男だな! って、照れくさい(笑)。

『太平洋ひとりぼっち』(堀江謙一著/舵社)。昭和37年5月12日に兵庫県西宮の岸壁から全長6メートル足らずのヨットで出港し、94日後にサンフランシスコに到着。世界発の単独太平洋横断に成功した堀江青年の「マーメイド号」との太平洋横断航海記。ヨットでの海外渡航に対してパスポート発行を認めなかった日本政府の鎖国に終止符を打った挑戦の記録でもある。「わたりたいから、わたった」ただそれだけの切実な、本気の思いは、大江さんがそれまでのキャリアをすべて捨てて渡米した思いと重なる
『太平洋ひとりぼっち』(堀江謙一著/舵社)。昭和37年5月12日に兵庫県西宮の岸壁から全長6メートル足らずのヨットで出港し、94日後にサンフランシスコに到着。世界発の単独太平洋横断に成功した堀江青年の「マーメイド号」との太平洋横断航海記。ヨットでの海外渡航に対してパスポート発行を認めなかった日本政府の鎖国に終止符を打った挑戦の記録でもある。「わたりたいから、わたった」ただそれだけの切実な、本気の思いは、大江さんがそれまでのキャリアをすべて捨てて渡米した思いと重なる

―― 中学生のとき、どうしてこの本を手に取ったんですか。

大江 やっぱり、語感ですね。「太平洋」という大きなものと、「ひとりぼっち」という、真逆の言葉の対比。ヨットに乗ってアメリカを目指していく、いったいどこにそんなパワーとアイデアがあるんだろう、と。

 でもね、それから30年以上たって、47歳でアメリカに行く決断をして実行した自分がいる。当時からずっと心の中にあった本ですが、もしかしたら、この本を読んだあのときの自分と今の自分はずっと併走してきたのかなとも思っています。ただ、僕は堀江さんみたいに太平洋をひとりぼっちで渡るだけの勇気もこらえ性もない。僕が堀江さんと同じく太平洋に出たとしたら、俗世が気になって、きっとすぐに友達にメールして「M-1グランプリ、誰が優勝した?」なんて聞くと思う(笑)。