「モーゼスおばあさん(グランマ・モーゼス)」の愛称で親しまれる米国の国民的画家の展覧会「生誕160年記念 グランマ・モーゼス展-素敵な100年人生」が開催中だ。ユニークなのは70代から絵画を描き始め、80歳で初の個展を開催したというキャリア。100歳で「いまですら、わたしは年よりではないですし」と言ったモーゼスの生き方、そして彼女の作品には人生100年時代を朗らかに生きるヒントがある。

70代までは無名の農家の主婦、80代で初個展を開催

 東京・世田谷美術館で開催中の「グランマ・モーゼス展」(2021年11月20日~2022年2月27日、その後4月から東広島市立美術館に巡回)では、喜寿(77歳)を迎えるころから本格的に絵を描き始めたアンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス(1860~1961年)の最初期の作品や100歳で描いた絶筆、愛用品など日本初公開を含む約130点が展示されている。

『村の結婚式』1951年(90歳)/大きな家の中庭で、若い二人の門出を祝う人々の様子が描かれている。モーゼスは5人の子を育てたが、当時は大家族が普通だった
『村の結婚式』1951年(90歳)/大きな家の中庭で、若い二人の門出を祝う人々の様子が描かれている。モーゼスは5人の子を育てたが、当時は大家族が普通だった
『シュガリング・オフ』1955年(94歳)/家族総出でメープルの樹液を集め、野外で煮詰めてシロップを作る行事を描いた。この行事は子どもにとって最高の楽しみだった
『シュガリング・オフ』1955年(94歳)/家族総出でメープルの樹液を集め、野外で煮詰めてシロップを作る行事を描いた。この行事は子どもにとって最高の楽しみだった

 人生の大半を5人の子どもを育てる農家の主婦として生きてきたモーゼスが筆を執ったきっかけは、リウマチを患い、得意だった刺しゅうをするのが難しくなったこと。自然や農村の風景、ろうそくやせっけん作り、メープルシロップの採集といった身近な出来事、そして季節のイベントを素朴な筆致で描いた。個展デビューはなんと80歳を迎えてから。101歳で亡くなる年まで絵筆を取り続け、人生100年時代の生き方のお手本といえるような人生を送った

庭で絵を描くグランマ・モーゼス/1946年/写真:Ifor Thomas(ギャラリー・セント・エティエンヌ、ニューヨーク寄託)
庭で絵を描くグランマ・モーゼス/1946年/写真:Ifor Thomas(ギャラリー・セント・エティエンヌ、ニューヨーク寄託)

 「モーゼスを支持したのは美術界ではなく、一般の人々でした。彼女にとっての絵画は、農作物を作る、牛を育てることの延長線上にあるもの。絵画で賞を取ることは(当時頻繁に行われていた)農作物やジャムの品評会で一等賞を取るのと同じことだったのでしょう。

 自分の個展のレセプションですら『農作業で忙しいから』と言って断るような人だったのですが、ニューヨークの百貨店で行われたサンクスギビング(感謝祭)フェアに招かれたときには、村を出て参加しています。そこで彼女が語ったのは画家として何を、どう描いたかではなく、日々の暮らしについて。手作りのジャムを持参して『これはリンゴと砂糖で作ったのよ』などと説明したそうです。絵画の技巧で何かを訴えたいという思いはなかったのでしょう。そんな飾らない人柄が、米国の人々の心にグッと来たんだと思います」(世田谷美術館学芸員・遠藤望さん)

モーゼスは生涯アトリエを持たず、寝室やキッチンの脇の小部屋で制作していた。絵画の制作で使用したテーブルも展示されている
モーゼスは生涯アトリエを持たず、寝室やキッチンの脇の小部屋で制作していた。絵画の制作で使用したテーブルも展示されている