日本の戦国時代を思わせる、希代のサクセスストーリー

―― ところで、座右の書に三国志を挙げる男性は多いですが、女性の愛読者は比較的少ないような気がします。

吉川 僕の周りには、北方謙三さんの三国志を読んでる女性が多いですよ。ただ、確かに三国志には、女性はあまり描かれていない。三国志演義には、呂布(りょふ・最強ともいわれる武将)を惑わせる美女・貂蝉(ちょうせん)が登場しますが、これも架空の人物ですね。

 三国志の中心人物である劉備(りゅうび)には、こんなエピソードがあります。劉備は長坂(ちょうはん)の戦いで曹操(そうそう)に敗れ、幼い長男と嫁さんを置き去りにして逃走します。そして、長男を救い出した部下の趙雲(ちょううん)に、「嫁と子どもはいつでも新しくつくれるが、よい武将を失ったらこの軍隊は終わりだ」と、今の価値観では理解できないようなことを言うわけです。

 これはおそらく前漢の初代皇帝となった劉邦(りゅうほう)を真似たものではないかな。劉邦は女たらしで飲んだくれの遊び人でしたが、人を見抜く目があり、人心掌握術にも長けていた。ゆるさの中に徳を含むというか、器量良しに映るんですよね。また敵を許すようなところもありました。人間としての器がでかかったのではないでしょうか。劉備はこの劉邦のようになりたかったんじゃないかな。

 劉備は前漢の皇帝の子孫ということになっていますが、はっきりとは分かっていないんです。やくざ者である劉備・関羽(かんう)・張飛(ちょうひ)という侠客(きょうきゃく)のチームが大活躍して、やがて魏・呉とともに天下を3分する蜀漢(しょくかん)を建て、劉備は一国の主になっていく。日本でいうなら、豊臣秀吉のようなサクセスストーリーです。三国志って、だから日本でも人気があるんでしょうね。

2008~2009年にかけて発掘された曹操高陵(曹操墓)の墓室の一部を、実寸で再現した空間で話す吉川さん。後ろに写る白い壺のようなものは「罐」(かん)と呼ばれる小型の貯蔵器。曹操高陵から出土したもので、中国国外では初公開
2008~2009年にかけて発掘された曹操高陵(曹操墓)の墓室の一部を、実寸で再現した空間で話す吉川さん。後ろに写る白い壺のようなものは「罐」(かん)と呼ばれる小型の貯蔵器。曹操高陵から出土したもので、中国国外では初公開