クリムトやベートーヴェンは時代の解放者だった

稲垣 まさか僕が音声ガイドのナレーターをやらせてもらうとは思っていなかったので、楽しかったです。絵を見ながら声を吹き込んでいく作業でしたが、音声収録をしながら勉強をしたという感じです。

 普段のテレビや映画では、お茶の間で見てくれる人を想像しながら収録や撮影をするんですが、今回は美術展の音声ガイドなので、この場所(東京都美術館)をイメージしながら収録しました。決して出しゃばったまねはしたくないな、と。

 僕が話しているというイメージが、(絵を)邪魔しちゃいけないなと思うので、さりげなく。皆さんの耳に届きやすいように、聞き心地がいいように。クリムトの作品は刺激的、官能的、ときにおどろおどろしい。でもナレーションはソフトにいきたいなと。(作品との)差はあってもいいかなと。そこを意識しました。

 (この収録より先に)ベートーヴェンを演じさせてもらったのは大きかった。クリムトの100年くらい前にウィーンで活躍した人物なので先輩の気分で収録に臨みました(笑)。

―― ナレーションを収録する前と後で何か変化はありましたか?

稲垣 クリムトの人生を考えたことが今までなかった。本当のことは分からないけど、その時代にどう生きていたかとか。ベートーヴェンを演じている時も感じましたが、いろいろなものが変わる激動の時代のなかで人々の抑制されていた概念を解放してくれた解放者なんだなと思いました。だから(現代まで)語り継がれている。時代がこういう人を必要としたんだろうなあと。

 僕はこれからプライベートで何回もクリムト展に足を運びます。自分の音声ガイドを聞きながら、集中して見ている僕を発見しても、声を掛けずにそっとしておいてください(笑)。


今週駆け込みたい展覧会
「クリムト展 ウィーンと日本 1900」

『ユディトI』など「黄金様式」時代の代表作をはじめ、自然主義的な初期の作品や風景画など、日本最多となる25点以上のクリムトの油彩画を展示。生涯独身を貫いたものの、数多くの女性と恋愛関係にあったクリムトが恋人とやり取りをした手紙も紹介されるなど、クリムトの人となりにも触れることができる。

場所/東京都美術館 東京都台東区上野公園8-36
開催期間/開催中~7月10日
料金/一般1600円
音声ガイド/約35分、550円
問い合わせ/03・5777・8600(ハローダイヤル)
7月23日~10月14日まで豊田市美術館(愛知県豊田市)に巡回。豊田市美術館でも稲垣さんの音声ガイドを聞くことができる

取材・文/市川礼子 写真/小野さやか