「自分には関心がない。それよりも他人、とりわけ女性に関心がある」と言い残したクリムト。彼が生涯で最も多く描いたのは女性の絵で、「黄金様式」時代には、新興ブルジョアジーの貴婦人の肖像画の依頼を数多く受けています。当時、クリムトの絵を家に飾ることは、財力と進歩的かつ高い教養を持ち合わせていることを示す、一種のステータスだったのです。

恋人多数。でも生涯の伴侶・エミーリエとは深い絆

 クリムトは独身を貫きましたが、数多くの女性と恋愛関係にあり、アトリエには何人もの女性たちが寝泊まりしていたといいます(!)。死後には、愛人たちが遺産相続権を主張して裁判を起こし、複数の子どもがクリムトの実子として認知されたとか。

 その恋多きクリムトの、唯一といっていい「生涯の伴侶」がエミーリエ・フレーゲです。12歳年下のブティック経営者で、当時としては異色の自立した女性だったそうです。クリムトが29歳ごろまでには出会ったとされ、謎を含む親密な関係は生涯続き、やり取りした手紙のうち約400通が残っています。55歳で命が燃え尽きるその最後をみとったのもエミーリエでした。エミーリエは、クリムト亡き後も独身を貫いたというのも、二人の絆を感じさせます。

 「クリムトが生を受けて活躍した19世紀末は、ウィーンに近代化の波が押し寄せ、都市化が進んだ頃。クリムトは『世紀末美術』の代表格とされますが、いい作品はすべて20世紀になってから。新世紀の自由な空気をまとい、ドイツ語圏における『デザインの成り立ち』に大きく関わり、アート・シーンの在り方を変えた画家と言えます」(千速さん)

グスタフ・クリムト『エミーリエ・フレーゲの肖像』
1902年/ 油彩・キャンバス/ウィーン・ミュージアム蔵 (C)Wien Museum / Foto Peter Kainz/「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に出展
驚きの十頭身以上! 女性を理想化して描いた画家No.1はクリムト? 装飾性が豊かなこの作品は、28歳のエミーリエを40歳のクリムトが描きました。顔を真っすぐ画家に向け、自信を感じさせる強い視線が印象的です