近代建築の巨匠が、若き日に挑んだ芸術運動とは?

 この絵の作者は、ル・コルビュジエ。「え、ル・コルビュジエって建築家じゃなかったっけ? こんな奇妙な絵も描いてたの?」と思った人も多いはず。事実、ル・コルビュジエは20世紀を代表する建築家で、2016年にユネスコ世界文化遺産にも登録された国立西洋美術館の本館を設計したことでも知られています。

 「実は『ル・コルビュジエ』という名はペンネーム。画家として活動するときには、シャルル=エドゥアール・ジャンヌレという本名を使っていました」(ル・コルビュジエ財団事務局長ブリジット・ブーヴィエさん)。

「国立西洋美術館を設計するに当たり、ル・コルビュジエは日本に8日間滞在しました。お気に入りは日本酒。『赤い米からできたワイン(=日本酒)を飲むための盃が小さ過ぎる。30杯は飲まないといけない』と家族への手紙に書いています」(ブリジットさん)
「国立西洋美術館を設計するに当たり、ル・コルビュジエは日本に8日間滞在しました。お気に入りは日本酒。『赤い米からできたワイン(=日本酒)を飲むための盃が小さ過ぎる。30杯は飲まないといけない』と家族への手紙に書いています」(ブリジットさん)

 1887年にスイスで生まれたル・コルビュジエは、1917年にパリへ移り住みました。パリでキュビスムなど当時の前衛美術に触れ、ピカソやブラックたちと接する中「構築と総合」の芸術を唱える「ピュリスム」の運動を開始。画家仲間と「見たものを見たままに描く」のではなく単純な線や面に置き換え、単純化した美しさを追求して秩序ある画面を作る新たな表現に取り組みました。

 「ル・コルビュジエは建築家であると同時に、アーティストでした。建築には絵画が、絵画には建築が相互に影響を与えていたのです。確かに建築家としての革命的な功績と、画家としての実績には歴然とした差があります。しかし、彼の建築家の側面と画家の側面とを分けて考えるのは誤りです。建築家として成功してからも、毎日絵を描くことを習慣にしていました。制限の多い建築とは違い、自分の思いを自由に表現できる絵画は、欠かせない表現手段でした」(ブリジットさん)